「著作権侵害訴訟の実務」  岡村 久道


   X 侵害行為の要件その1   − 依拠性 − 原告の著作物に依拠しているか否か

 

1 依拠性とは

 

 著作権侵害が成立するためには、前述のとおり、既存の他人の著作物(原作品)を「利用して作品を作出」すること(依拠性)が必要である。 [後注1]

 換言すると、被告の著作物が原告の著作物と偶然の一致をみても、著作財産権侵害にも著作者人格権侵害にもならない。

 この要件が存在する点で、依拠性の有無に拘わらず成立する工業所有権の場合とは全く異なっているので、著作権は工業所有権のような純然たる独占的権利ではない。

これは、ベルヌ条約の下でわが国の著作権法が無方式主義を採用していることの当然の結果として、同一又は類似した作品が複数現れた場合に、各作品が全く独自に作成されれば、各々の作品が保護されることになることに基づいていると考えられている。(*5)

 

2 ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件判決

 

最一小判昭和53年9月7日民集32巻6号1145頁(ワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件)も、この点を次のとおり説く。

「著作物の複製とは、既存の著作物に依拠し、その内容及び形式を覚知させるに足りるものを再製することをいうと解すべきであるから、既存の著作物と同一性のある作品が作成されても、それが既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、その複製をしたことにはあたらず、著作権侵害の問題を生ずる余地はないところ、既存の著作物に接する機会がなく、従って、その存在、内容を知らなかった者は、これを知らなかったことにつき過失があると否とにかかわらず、・・・既存の著作物と同一性のある作品を作成しても、これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない。」

 

3 依拠性の立証

 

 前掲最高裁判例にいう、既存の著作物を知っていたか否かを、訴訟上どのようにして判断するのであろうか。

 機械によるデッドコピーや、既存著作物にあたらなければ侵害物を作れない場合であれば、依拠したという事実の立証は容易である。そうでない場合につき、同最高裁判例は「既存の著作物に接する機会がなく、従って、その存在、内容を知らなかった者は・・・」として、既存の著作物に接しうる機会の有無を判断要素としている。

 学説上も、かかるアクセスと結果の類似性により依拠性を判断すべきものと解されている。(*6)

 

Y 侵害行為の要件その2 − 表現形式の同一性

 

1 総     説  

 

 原告の著作物に依拠していれば常に著作権侵害となるわけではない。

 完全なデッドコピーの場合や、他人が撮影した写真を無断掲載するような場合は複製権等の侵害に関する認定は容易である。

 しかし、勿論、そのようなケースばかりではなく、何らかの修正増減が加えられているのが普通であるから、どのような場合に著作権侵害が成立するのかという基準を明確化しておく必要が生じる。(*7)

 

2 著作財産権侵害の場合

 

 この基準については、前掲の行灯事件判決の説示を整理した【表2】を参照されたいが、要するに、著作財産権侵害が成立するための同表の最下限を画するのが翻案権侵害である。

 いくら依拠の事実が認められても、複製権侵害はおろか翻案権侵害にすら該当しない場合、つまり同判例の中の<4にいう「既存の著作物の修正増減に創作性が認められ、かつ、原著作物の表現形式の本質的な特徴が失われてしまっている場合」には、著作財産権侵害とならない。

 同判決も引用する最三小判昭和55年3月28日民集34巻3号244頁(パロディ写真事件最高裁判決)は、この点を次のとおり説く。

「自己の著作物を創作するにあたり、他人の著作物を素材として利用することは勿論許されないことではないが、右他人の許諾なくして利用をすることが許されるのは、他人の著作物における表現形式上の本質的な特徴をそれ自体として直接感得させないような態様においてこれを利用する場合に限られる」。

 これを著作財産権という観点から検討すると、著作権侵害訴訟においては、複製権侵害であるのか翻案権侵害であるのかという概念的な区別は実務的にはあまり大きな意味は持たない。著作財産権侵害については、最低ラインを画する翻案権侵害に関する本最高裁判決の説示傍線部分のみが重要な意味を有することになる。

 この基準に該当するか否かをめぐって争われるケースは、他にも名古屋地判平成6年7月29日判時1540号94頁、東京地判平成6年3月23日判時1517号136頁(四月四日に生まれて事件)など少なくない。判断に際しては、原著作物(原作品)の創作性が存在する部分が比較対象とされなければならないと解されている(前掲システムサイエンス事件判決)。

 なお、翻訳文相互で侵害の成否が問題となった珍しいケースとして東京高判平成4年9月24日知裁集24巻3号703頁(サンジェルマン殺人狂想曲事件)がある。

 また、編集著作物の侵害に関する判断につき、大阪地判平成7年3月28日知裁集27巻1号210頁では、編集著作権において保護の対象とされるのは素材の選択、配列方法という抽象的なアイデア自体ではなく、素材の選択、配列についての具体的な表現形式であるとして、全く異なる商品の写真等を掲載した被告の商品カタログは、原告の商品カタログの編集著作権を侵害するものではないとしている。

 

3 著作者人格権の侵害

 

(1) 同一性保持権(20条)の侵害

 著作者人格権には、公表権、氏名表示権、同一性保持権がある。

 同一性保持権とは、自己の著作物の内容又は題号(タイトル)を自己の意に反して勝手に改変されない権利である。

 何が同一性保持権侵害になるのかという点については、前掲の行灯事件で京都地判が説いているとおり、「既存の著作物への修正増減の有無」がポイントとなる。したがって、「同一性保持権侵害イコール翻案権侵害」とは言えないことに注意する必要がある。

 つまり、複製権侵害と翻案権侵害との分岐点である「既存の著作物の修正増減に創作性が認められるか否か」という基準は、同一性保持権侵害の有無を分ける基準とは一致していないのである。

 修正増減があれば、その修正増減に創作性が認められない場合にも同一性保持権侵害は認められるが、その場合は翻案権侵害ではなく複製権侵害が成立する。

 他方で、同一性保持権侵害の有無を画するためのもう一方の側の基準は翻案権侵害の場合と同じである。

 つまり、「修正増減に創作性が認められ、かつ、原著作物の表現形式の本質的な特徴が失われてしまっている場合」には、著作財産権侵害も成立しないのと同時に、同一性保持権侵害も成立しない。

 

(2) 公表権(18条)の侵害

 

 公表権とは、未公表の自分の著作物を公表するか否か、公表するとすれば、いつ、如何なる方法や形で公表するかを決定することができる権利である。

 公表権侵害の例として、青森地判平成7年2月21日知裁集27巻1号1頁は、紀伊半島でアマチュア史家が撮影した石垣の写真を、津軽に存在したとされている耶馬台城跡の写真として書籍に掲載した行為に関し、前記書籍の著作者が、前記史家が著作権を有する前記写真を、真実に反することを知りながら誤った説明文の下に前記書籍に無断掲載したという事案で、前記史家の著作権(複製権)及び氏名表示権侵害とともに、公表権も侵害すると判示した。

 

(3) 氏名表示権(19条)の侵害

 氏名表示権とは、自己の著作物を公表する際に、著作者名を表示するか否か、表示するとすれば、実名にするかペンネーム等の変名にするかを決定しうる権利である。著作財産権侵害が成立する場合には、氏名表示権侵害も併せて認められることが多い。

 例えば、東京地判平成7年5月31日判時1533号110頁(「あした元気になあれDr尾谷のやさしいスポーツ医学」事件)では、「被告尾谷の行為が、原告の本件著作物の複製権の侵害に当たるものであり、被告著作物の全体が原告の本件著作物の各種の具体例の説明部分以外の部分を概ねそのままの表現で要約して複製して作成されたものと認められるのに被告書籍中には被告著作物の著作者として原告の氏名が表示されていない」から、「被告尾谷が被告書籍を出版した行為は、原告の氏名表示権を侵害したものといわざるを得ない」と判示している。

結局、他人の著作物を恰も自己の著作物のように配れば、著作財産権侵害にとどまらず氏名表示権侵害が成立する。(*8)

 例えば、筆者の本論文を、甲野太郎が、著者名だけを自分に変えて、自分の書いた論文としてバラまけば、筆者に対する複製権侵害と同時に氏名表示権侵害が成立することになる。

 これに対し、他人の著作物を、例えばそのまま無断でコピーしてバラまけば、著作財産権(この場合は複製権)侵害は成立するが、そこに著作者の氏名が記載されている限りは氏名表示権侵害は成立しない(但し、その著作物の一部だけをコピーしてバラまいた際に、その部分に著作者の氏名が記載されていない場合は氏名表示権侵害も成立しうる)。

 もっとも、次に示す東京高判昭和55年9月10日無体集12巻2号450頁のように、氏名表示権のみに関する訴訟も、極めて稀な例ではあるが存在する。

医学専門書出版の際、国立大学医学部教授に依頼され、自己の学習・研究による知識に基づき担当部分を執筆した同学部助手が、当該著作部分の著作権を有するとした上、同助手担当部分の原稿に講師らが加筆訂正して出版した医学専門書に、他の分担執筆者はその氏名を掲記したにも拘わらず、右助手については氏名を掲記しなかったことが、同助手の氏名表示権侵害に該当すると判示した。

 

4 著作財産権侵害に加えて著作者人格権の侵害を主張する主たる実益

 

 被害感情の問題として、著作者人格権侵害を主張しなければ気が済まないという被害者の「気持ち」は理解できないわけではない。

 しかし、著作財産権侵害に加えて著作者人格権の侵害を主張することは、単なる被害感情の問題にとどまらず、やはり次のような「実益」があるものであることも忘れてはならない。

@ 著作者人格権の侵害については、115条の「名誉回復等の措置」(多くの場合は謝罪広告)が認められる(後述)。
A 著作者人格権の侵害については、精神的損害に対する賠償として慰謝料請求が認められやすい。

 このAについては、例えばパロディー写真事件差戻審判決(東京高判昭和58年2月23日無体集15巻1号71頁)は、著作者人格権侵害に基づく慰謝料請求を認容しつつ、複製権侵害に基づく慰謝料請求については「本件写真の複製頒布の点に関し、被控訴人に格別の精神的愛着があったことを客観的に是認させるに足るべき特段の事情の存したこと」についての主張・立証がないとして、その侵害による精神的損害の賠償は認められないとした。

 結局、仮に著作財産権侵害に基づく慰謝料請求が認められるとしても、それは極めて例外的な場合に限られる。他方、著作権事件の場合は訴訟当事者の双方又は一方が個人同士の場合が多いので、財産的損害を認めることが困難な場合も多く、そのようなケースでは慰謝料請求が大きな意味を持つ。

  以上を表で示すと、次のとおりとなる。


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