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( 技術評論社 The BASIC 1997年4月号所収 )

 

「ネットワーク社会 法の規制と管理のほどは・・・」

 

岡 村 久 道


 

  聞くところによれば、知らない間にゴジラがアメリカに上陸したらしい。

 その代わりというわけではないが、海の向こうからインターネットを伝って、ハッカーやコンピュータウイルスがやって来ると言って大騒ぎになっている。

 実は、ハッカーの語源は「ハック」つまり「切り刻む」という意味。アメリカでは、もともとコンピュータを熟知して切り刻むように無駄のないプログラムを作る優秀なプログラマーを指す敬意を込めた言葉として使われていた。ベトナム反戦運動の時代が発祥の舞台だけに、どこか反体制運動の匂いがしている。かの有名な「GNU宣言」を発表したRichard M. Stallmanは、Emacsの作者でもあるが、偉大なハッカーと呼ばれていた。彼は、コンピュータに対するアクセスは無制限かつ全面的でなければならないと唱えている。彼らによると、コンピュータの破壊を目的とした「クラッカー」と自分たちとは区別される。

 良き時代には、インターネットは研究者のための学術ネットワークとして運用されていた。分散型ネットワークであるから、もともと中央集権的な管理機関は存在しない。しかし、研究者中心のネットワークであれば、サイバースペースで発生した紛争や問題をある程度は自主的解決に委ねることができた。「躾の良いアナーキズム」と呼ばれたゆえんである。

 

 

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  しかし時代は移り変わる。

 90年代に入るとインターネットに急速な商用化の波が押し寄せ、研究者以外にも広く一般に開放されるようになる。「情報スーパーハイウェイ」という言葉に比喩されるように、性格を「公道」へと変化させて行く。

 「公道」であれば様々な人間が次々に往来する。未成年者も通れば、時には強盗や追い剥ぎが出没することもあるのが当然。同様に、インターネットの世界にも、実際に強盗が出没するのかどうかはともかく、現実空間における価値観が堰を切ったように流入し始め、規制の動きも出てきた。

 アメリカでは、90年にクレイグ・ネイドルフというハッカーが訴えられ、さらにアメリカの政府部門が協力して「ハッカー摘発」の「サンデビル作戦」を実施。数多くの逮捕者を出しコンピュータを押収。しかし、これらの取締の多くは不発に終わる。

 95年2月には、大物ハッカー(というよりは実態はクラッカー)としてFBIが手配中のケビン・ミトニックが、ネットワークから政府部門や企業のコンピュータに侵入し約2万人分のクレジット・カード番号を盗んだとして逮捕される。

 さて舞台は替わって日本。

 かつて我が国のコンピュータ犯罪は、銀行員のオンライン詐欺が中心であった。あの三和銀行事件を皮切りに、第一勧銀事件、青梅信金事件など、マスコミを騒がせた有名な事件の有罪判決が並んでいる。しかし、これらはすべて内部者による犯行。

 これに対処するために1987年の刑法改正で、電磁的記録の不正作出・毀棄罪、電子計算機損壊等業務妨害罪、電子計算機使用詐欺罪といった罪が新設された。「電子計算機」とは法律用語らしい硬い表現。しかし、改正の際、不正アクセスによる単なる「のぞき見」自体の処罰は見送られる。もっとも、ついでにコンピュータを壊せば電子計算機損壊等業務妨害罪などが、データに手を加えて詐欺的行為をすれば電子計算機使用詐欺罪が成立する。

 コンピュータウイルスも、本当に社会問題化したのは刑法改正後。通産省の「セキュリティ・プライバシー問題検討委員会報告書」も、発病前の段階のコンピュータウイルス投与行為は犯罪が成立しないと指摘する。

 現在のところ、外部からのインターネットを使った不正アクセスやウィルスで罪を認めた判例は未だ日本では存在しない。

 

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  しかし、昨年4月には、大分「ニューコアラ」のインターネット用サーバが、外部からの不正アクセスによりデータ破壊等の被害を受け、大分県警が電算機損壊等業務妨害罪の疑いで捜査するという事件が発生。その2ヶ月後には、この事件につき韓国警察庁が、韓国内のパソコン通信を通じて悪質なクラッカーが侵入した事実が判明したので捜査中であるとの新聞報道に接し驚かされるが、続報は伝わって来ていない。

 こうした中で、行政も無策ではいられない。

 まず情報処理振興事業協会(IPA)が、90年からコンピュータウイルス被害の届出制度を始め、91年にはコンピュータウイルス対策室を設置。95年8月からは不正アクセス届出制度も開始した。届出状況を分析の上で原因究明、被害状況や防止策を公表する。届出状況は、IPAのサーバにアクセスすれば誰でも見ることができる。URLのgoは政府部門の紋章だ。ちなみに、ここへのウィルス被害届出件数は、ウイルスでないことが判明した届出を除いて昨年末までに合計3771件、昨年1年間だけで755件にものぼる。

 さらに、昨年秋には通産省などの支援でインターネット経由の不正アクセス防止を目的として「コンピュータ緊急対応センター」(JPCERT/CC)が設立された。このセンターによると、昨年12月30日から今年の1月29日までのわずか1ヶ月間の不正アクセス件数は実に122件。侵入攻撃の対象とされたコンピューターシステムは大学や企業など171にも及ぶ。最新情報は、JPCERT/CCのサーバ上に掲載されていて、いつでもチェックできる。まさに厳戒体制だ。

 しかし、これらのデータは届け出られた数にすぎない。潜在的な数はもっと多いと考えて当然であろう。

 

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 JPCERT/CCなどでは再発防止のための対策の検討や助言を行う。しかし、個別の事例に対する詳細なコンサルティングは原則的に行わない。まして司法的な権限を持つ組織ではないので、刑事事件の捜査が行える組織でもない。これはJPCERT/CCのサーバ上のFAQなどにも書いてある。

 そうすると今度は警察の出番。警察庁は、昨年4月に、情報システム安全対策研究会「情報システムの安全対策に関する中間報告書」を公表した。これも警察庁のサーバに行けば見ることができる。インターネットで何でも見られるという意味では、良い時代になったものである。

 さて、この報告書では、摘発された実例として、電子掲示板に広告を載せてハルシオンなどの向精神薬を売買していたケースや、電子掲示板にパソコン販売の書き込みをして送金だけさせて商品を送らないという詐欺的ケースも紹介されていて興味深い。ただしパソコン通信の事例のようである。

 しかし、我が国の警察による現在のインターネット関係の摘発対象は、やはり主として「わいせつホームページ」。

 ちょうど1年程前、プロバイダのベッコアメの会員が、わいせつ画像をホームページに掲載したとして逮捕されたことは記憶に新しい。この会員は東京地裁で去年の4月22日に刑法175条のわいせつ物頒布等の罪で有罪判決を受けている。しかし、画像ファイル(電子データ)をわいせつ「物」に、他人がデータにアクセス可能な状態を設定することを「陳列」に含めるのは無理だという批判もある。なお、プロバイダ自身は起訴されず。

 この罪は「国民の国外犯」を処罰の対象外としているが、今年の2月11日には、アメリカに設置されたサーバにホームページを開設し、わいせつ画像を日本国内の会員に有料で見せていたなどとして、大阪の人が逮捕されるという事件も報道されている。この事件は現在進行中。

 さらに、自分でわいせつホームページを開設するのではなく、他人が開設したわいせつホームページにリンクを張ったことが同条に違反するとして、昨年9月には、広島のプロバイダが書類送検された。

 しかし、こちらについては昨年のうちに不起訴になっている。リンク元のHTMLには全くわいせつ性はなく、そのHTMLをブラウザで表示しても何もわいせつなものは見えないので、わいせつ物の陳列とは呼べない、HTMLの役割はリンク先サイトの所在を教えるだけで、多数のアダルト雑誌がそのサイトのアドレスを表記するなどのケースと全く異ならないなどの理由で、処罰の対象とすることを疑問視する意見も強い。詳しくは、牧野弁護士のホームページを見られたい。

 

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 わいせつ問題では、アメリカでも昨年クリントン大統領が電気通信品位法(CDA)を成立させた。ネット上で「下品」な表現をするとプロバイダなども処罰されるが、何が「下品」か誰も分からないので不安になる。そこで、表現の自由に対する大きな脅威であるとして、コンピュサーブやマイクロソフトまでもが憲法違反を理由に訴訟を提起した。さっそくフィアデルフィアの連邦地方裁判所が違憲判断を下すが、現在は連邦最高裁に上告中。その判断が全世界で待たれている。

 インターネットと法律との関係については、97年も目が離せないのである。

 

 


 

(1997年2月脱稿)

  (c) copyright Hisamichi Okamura, 1997, All Rights Reserved.


 

追 記

本稿脱稿後、前述したベッコアメの会員には東京地裁で有罪判決が下されている(東京地方裁判所平成8年4月22日刑事第2部判決)。判旨は関西大学法学部園田寿教授のウェブ参照。

他方、前述の広島のプロバイダは不起訴となった。

しかし、その後、97年には、日本国中でインターネットポルノ事件での起訴が相次ぎ、京都地裁(京都地方裁判所平成9年9月24日判決)や岡山地裁(岡山地方裁判所平成9年12月15日判決)で有罪判決が下されている。

「下品」な情報発信を禁じたCDA法案については、漠然性や広汎性を理由に、米連邦最高裁で97年6月26日に憲法違反の判決が下された。他方、CDAに署名したクリントンが、違憲判決のわずか数ヶ月後である1998年1月、女性スキャンダルが原因で、議会とマスコミの追及を受け、窮地に追い込まれているというのは皮肉としか言いようがないのだろうか。

 

 


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