ホテル・ジャンキーズ事件判決

 

事件名 ホテル・ジャンキーズ事件判決
東京地裁 平成13(ワ)22066号著作権侵害差止等請求事件
判決名 東京地判平成14(2002)年4月15日
掲載誌 判時1793号133頁
最高裁サイト知的財産権裁判例集
判例評釈  
備 考  

 

  

判       決

 
     原      告                    A
     原      告                    B
     原      告                    C
     原      告                    D
     原      告                    E
    原      告                    F
     原      告                    G
     原      告                    H
     原      告                    I
    原      告                    J
     原      告                    K
     原告ら訴訟代理人弁護士         《略》
     被      告       株式会社光文社
     上記訴訟代理人弁護士           《略》
     被      告 株式会社森拓之事務所
     被      告                    L
     上記2名訴訟代理人弁護士        《略》


 主      文

           1  被告らは,別紙書籍目録記載の書籍を出版,発行,販売,頒布並びに頒布のための広告及び宣伝をしてはならない。
      2 被告株式会社光文社は,別紙書籍目録記載の書籍並びにこれに関する印刷用紙型,亜鉛版,印刷用原板(フィルムを含む。)を破棄せよ。
      3 被告らは,連帯して,原告Aに対しては10万3300円,原告Bに対しては10万3300円,原告Jに対しては10万7700円,原告Dに対しては10万8800円,原告Gに対しては13万7400円,原告Hに対しては10万2200円,原告Cに対しては11万7600円,原告Fに対しては10万2200円,原告Eに対しては10万1100円,原告Iに対しては10万3300円,原告Kに対しては5万2200円及びこれらに対する平成13年10月26日から各支払済みまで各年5分の割合による金員を各支払え。          
           4  原告らのその余の請求をいずれも棄却する。

      5 訴訟費用はこれを5分し,その4を被告らの,その余を原告らの負担とする。
           6 この判決は,原告らの勝訴部分に限り,仮に執行することができる。

事実及び理由

第1 請求
 1  主文1項,2項同旨
 2  被告らは,連帯して,原告A,原告F,原告E及び原告Iに対しては各21万円,原告Bに対しては27万円,原告J及び原告Dに対しては各23万円,原告Gに対しては40万円,原告Hに対しては22万円,原告Cに対しては30万円,原告Kに対しては13万円並びにこれらに対する平成13年10月26日から各支払済みまで年5分の割合による金員を各支払え。
第2 事案の概要
     本件は,ホームページ上の掲示板に文章を書き込んだ原告らが,同文章の一部を複製(転載)して書籍を作成し,これを出版等した被告らに対し,被告らの同行為は,上記文章について原告らの有する著作権を侵害するとして,上記書籍の出版等の差止め及び損害賠償金の支払等を求めた事案である。

 1 争いのない事実等(証拠によって認定した事実は末尾にその証拠を摘示した。)
   (1) 被告株式会社森拓之事務所(以下「被告森拓之事務所」という。)は,情報産業に関連するインフォメーションサービス,出版事業等を営む株式会社であり,その事業の一つとして,「ホテル・ジャンキーズ・クラブ」という名称で,ホテル愛好者の親睦と情報交換のための会員制組織を運営している。
    被告Lは,主にホテルに関する執筆活動をしているジャーナリストであり,被告森拓之事務所の取締役に就任している。
       被告株式会社光文社(以下「被告光文社」という。)は,図書及び雑誌の出版を業とする株式会社である。
   (2)  平成13年6月1日ころ,被告L及び被告森拓之事務所は,別紙書籍目録記載の書籍(以下「本件書籍」という。)を執筆,作成し,被告光文社は,本件書籍を出版,販売頒布し,また,その宣伝広告をしている。被告らは,今後,本件書籍を販売するおそれがある(弁論の全趣旨)。

   (3)  被告森拓之事務所は,「ホテル・ジャンキーズ」という名称のホームページ(ドメイン名は「http://www.hotel−junkies.co.jp」)を設置し,管理しているが,同ホームページ上には「サロン・ドゥ・ホテル・ジャンキーズ」という掲示板(以下「本件掲示板」という。)を設け,無料で,本件掲示板の閲覧及び本件掲示板への書き込みをさせていた。
       本件書籍に記載されている文章は,本件掲示板に書き込まれた文章の一部を複製(転載)して,これを編集したものである。              
   (4) 本件掲示板に書き込まれた文章は,別紙「原告記述及び転載文一覧表」の「原告記述」欄記載(以下「原告各記述」という。)のとおりである(原告らが書き込んだか否かは争いがある。)。
      なお,別紙「原告記述及び転載文一覧表」の「原告記述」欄記載の文章のうち下線部分(以下「原告各記述部分」という。)を指すときは,同一覧表の「番号」欄記載の番号及び当該下線部の冒頭に付された番号を併記して,「原告記述1@」,「原告記述2−(2)@」などと表記する。

      他方,被告らが,本件書籍に転載した文章は,別紙「原告記述及び転載文一覧表」の「転載文」欄記載(以下「本件各転載文」という。)のとおりである。本件各転載文は,それぞれ対応する原告各記述部分を複製したものであって,それぞれの表現は同一である(甲1,4,弁論の全趣旨)。

 2 争点
   (1)  原告各記述は原告らによって記載されたか。
   (2) 原告各記述部分には,著作物性があるか。
   (3) 被告光文社には,著作権侵害について過失があるか。
   (4) 被告らは,本件書籍を作成,出版,頒布するに当たり,原告らの承諾を受けたか。原告らの請求は権利の濫用か。
   (5) 損害額はいくらか。

 3 争点及び当事者の主張
   (1) 原告各記述は原告らによって記載されたか。
   (原告らの主張)
     ア  原告Aは,いわゆるハンドル名「まつの」として,原告記述1を1回本件掲示板に書き込んだ。

     イ 原告Bは,いわゆるハンドル名「kuma」として,原告記述2を合計7回本件掲示板に書き込んだ。
     ウ 原告Jは,いわゆるハンドル名「にゃご」として,原告記述3を合計3回本件掲示板に書き込んだ。
     エ 原告Dは,いわゆるハンドル名「ミモザ」として,原告記述4を合計3回本件掲示板に書き込んだ。
     オ 原告Gは,いわゆるハンドル名「どきん」として,原告記述5を合計20回本件掲示板に書き込んだ。
     カ 原告Hは,いわゆるハンドル名「maho」として,原告記述6を合計2回本件掲示板に書き込んだ。
     キ 原告Cは,いわゆるハンドル名「Val」又は「Yoku」として,原告記述7を合計10回本件掲示板に書き込んだ。
     ク 原告Fは,いわゆるハンドル名「kazuse」として,原告記述8を1回本件掲示板に書き込んだ。
     ケ 原告Eは,いわゆるハンドル名「MIWA」として,原告記述9を1回本件掲示板に書き込んだ。

     コ 原告Iは,いわゆるハンドル名「MIZZOU」として,原告記述10を1回本件掲示板に書き込んだ。
     サ 原告Kは,いわゆるハンドル名「ビクトル」として,原告記述11を合計3回本件掲示板に書き込んだ。
   (被告森拓之事務所及び被告Lの主張)
       争う。
   (2) 原告各記述部分には著作物性があるか。
   (原告らの主張)
       原告各記述部分は,原告らの思想又は感情を創作的に表現したものであるから,著作物性が認められる。
   (被告森拓之事務所及び被告Lの反論)
       本件掲示板に書き込まれた文章は,ホテルと観光に関する質問及びその回答である。原告各記述は事実の報告又は感想にすぎず,思想又は感情を表現したということはできない。また,その表現もありふれた平凡なものであり創作性は極めて乏しい。
    また,上記文章は,質問と回答が組み合わさって初めて情報としての価値が生ずるものであり,質問,回答単独では情報としての価値がない。したがって,個々の文章は単独では著作物性が認められない。

       本件掲示板への書き込みは匿名ですることも可能である。しかし,匿名で書き込みをした者は,自らが書き込んだ文章に対して責任を負うことはないのであるから,原告各記述についての著作権を認める必要はない。
       以上のとおり,原告各記述には著作物性はない。
   (3) 被告光文社には,著作権侵害について過失があるか。
   (原告らの主張)
      被告光文社には,本件書籍を作成,出版,頒布するに当たり,原告らの有する著作権を調査しなかった過失がある。
   (被告光文社の反論)
       被告光文社は,本件書籍を出版するに当たり,被告森拓之事務所と出版契約(以下「本件出版契約」という。)を締結したが,その契約書の6条1項で,「被告森拓之事務所は,本著作物が他人の著作権その他の権利を侵害しないことを保証する。」と規定されている。そして,原告らは,本件掲示板に書き込みをする際,いわゆるハンドルネームを表記してあるだけであって実名を明らかにしていないから,原告らの許諾の有無を調査することは極めて困難である。したがって,被告光文社には,原告らの著作権の侵害について過失はない。

   (4) 被告らは,本件書籍を作成,出版,販売するに当たり,原告らの承諾を受けたか。原告らの請求は権利の濫用か。
   (被告森拓之事務所及び被告Lの主張)
     ア  本件掲示板へ書き込みをする者は,同掲示板へ書き込みをした内容について著作権を主張しないという暗黙の了解があった。
      被告森拓之事務所は以前にも原告らのうちの何人かが本件掲示板に書き込みをした文章を無断で転載した雑誌を発行したことがある。その際,異議はなく,原告Gは上記転載を容認する発言をし,被告Lに対して,「上記雑誌に自分が一生懸命書いた文章が掲載されるのは光栄で喜ばしい。だから,今回も文庫を作るためだったら,みんな喜んで被告Lに情報を無償で提供したのですよ。」という趣旨のメールを送付した。
     イ  原告らは,本件掲示板を無料で閲覧して情報を得ておきながら,自己が書き込みをした原告各記述については著作権を主張しているが,このような権利の行使は権利の濫用として許されない。

   (原告らの反論)
       争う。
   (5) 損害額はいくらか。
   (原告らの主張)
     ア 著作権使用料
      被告光文社は,以前にも,ホームページ上の掲示板に書き込まれた育児に関する体験談やアドバイスを各著作者に無断で複製し出版したことがあり,その際は,原稿料として,各著作者に対し,1記事につき1万円を支払った。上記のホームページ上の掲示板へ書き込まれた文章の内容と原告各記述とはその分量及び性質が類似しているから,本件の著作権使用料も,少なくとも1記述当たり1万円が相当であるというべきである。
        したがって,原告らの著作権使用料は,原告Aは1万円,原告Bは7万円,原告Jは3万円,原告Dは3万円,原告Gは20万円,原告Hは2万円,原告Cは10万円,原告Fは1万円,原告Eは1万円,原告Iは1万円,原告Kは3万円となる。

     イ 弁護士費用
         原告らは,被告らに対し,平成13年6月以降,内容証明郵便等により原告らの著作権に対する侵害の事実を警告し,本件書籍の販売の中止,転載された原告各記述の削除等を求めた。
         しかし,被告森拓之事務所及び同Lは,著作権侵害の事実自体は認めたものの,上記の求めに応じようとしなかった。また,被告光文社は,著作権侵害の事実自体を否定し,対応を被告森拓之事務所等に押し付けるのみで,誠意ある対応をせず,同月下旬に,本件書籍の初版第2刷の発行及び販売を強行した。
         そこで,原告ら(仮処分については,原告Kを除く。)は,やむを得ず,本件書籍の出版等の差止めを求めて,東京地方裁判所に仮処分(平成13年(ヨ)第22135号)を申し立てた。平成13年9月21日,東京地方裁判所において,本件書籍の出版,発行,販売又は頒布の差止めの仮処分命令が出された。さらに原告らは,本件訴訟を提起した。原告らは,上記仮処分の申立て及び本件訴訟の提起及び手続遂行を原告ら訴訟代理人弁護士に委任した。

         原告ら(原告Kを除く。)は,原告ら訴訟代理人に対し,上記仮処分については,着手金5万円,報酬金5万円をそれぞれ支払った。また,原告らは,本件訴訟について,着手金5万円,報酬金5万円をそれぞれ支払うことを約した。
     ウ 以上のとおりであるから,原告らの各損害額は,原告Aは21万円,原告Bは27万円,原告Jは23万円,原告Dは23万円,原告Gは40万円,原告Hは22万円,原告Cは30万円,原告Fは21万円,原告Eは21万円,原告Iは21万円,原告Kは13万円となる。
   (被告森拓之事務所及び同Lの主張)
       争う。
   (被告光文社の主張)
       原告各記述は合計51か所であり,本件書籍における311か所の記述全体に占める原告各記述の割合は,311分の51である。そして,被告光文社が本件書籍の発行,販売により得た利益は,51万7773円であるから,原告らの損害は,合計で8万4908円(51万7773円×51÷311)である。

第3 当裁判所の判断

 1 (争点(1))原告各記述は原告らによって記載されたか。
     甲第11号証の1ないし11及び弁論の全趣旨によれば,原告記述1は原告Aが,原告記述2は原告Bが,原告記述3は原告Jが,原告記述4は原告Dが,原告記述5は原告Gが,原告記述6は原告Hが,原告記述7は原告Cが,原告記述8は原告Fが,原告記述9は原告Eが,原告記述10は原告Iが,原告記述11は原告Kがそれぞれ書き込みをしたものであることが認められ,これに反する証拠はない。

 2 (争点(2))原告各記述部分には著作物性があるか。
   (1)  著作権法による保護の対象となる著作物は,「思想又は感情を創作的に表現したものである」ことが必要である。
    「思想又は感情を表現した」とは,単なる事実をそのまま記述したような場合はこれに当たらないが,事実を素材にした場合であっても,筆者の事実に対する何らかの評価,意見等が表現されていれば足りる。また,「創作的に表現したもの」というためには,筆者の何らかの個性が発揮されていれば足りるのであって,厳密な意味で,独創性が発揮されたものであることまでは必要ない。他方,言語からなる作品において,ごく短いものであったり,表現形式に制約があるため,他の表現が想定できない場合や,表現が平凡かつありふれたものである場合には,筆者の個性が現れていないものとして,創作的な表現であると解することはできない。

      そこで,上記の観点から,原告各記述部分について,著作物性の有無を検討する。
   (2) 前記争いのない事実等,証拠(丙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,以下のとおりの事実が認められる。
     ア 被告森拓之事務所は,一般のホテル利用者がホテル選びをする際に,自分の判断でホテル選びをすることができることを目的として,有益な情報を提供する事業を行っている。同被告は,その事業の一つとして,「ホテルジャンキーズ」という名称のホームページを設置・管理し,その中に「サロン・ドゥ・ホテル・ジャンキーズ」という名称で本件掲示板を運営している。本件掲示板の閲覧及び投稿は自由であり,他人の投稿に対して返信の投稿をすることも可能である。投稿者は,ほとんどが,いわゆるハンドルネームを使用し,実名を用いる例は稀である。ある投稿者がホテルや観光に関する質問を書き込むと,他の複数の投稿者から回答が書き込まれたりして,有用な情報の交換がされる。

     イ 原告各記述は,このような趣旨で運営されている本件掲示板に書き込まれた投稿文章である。原告らは,旅行の愛好者として,実際に旅行をして,国内及び海外のホテルを利用した経験に基づいて,自由な意見,感想,知識を書き込んでいる。その内容はさまざまであるが,主として,@自己が計画する旅行先や予定を示して,ホテル,レストラン及び見学先等に関して,役に立つ情報の提供を求めるものや,Aこのような質問に対して,自己が直接体験したりあるいは間接的に見聞きした有用情報を回答するものが多い。ホテルに関する情報としては,ホテルの客室の状況,サービスの内容とその質及び立地条件並びにそれに対する評価,感想等が,また,レストランに関する情報としては,料理やサービスの内容及び質並びにそれに対する評価,感想等が,その他の情報としては,交通手段に関する情報などが,飾らない口語体で記述されている。
     ウ 原告らが本件掲示板に書き込んだ文章は,別紙「原告記述及び転載文一覧表」の「原告記述」欄記載のとおりである。
   (3) 上記認定した事実を基礎に著作物性を判断する。
     ア 原告各記述部分は,その表現及び内容に照らして,後記イの原告各記述部分を除いたその余の部分については,筆者の個性が発揮されたものとして,「思想又は感情を創作的に表現したもの」といえるから,著作物性が認められる。
        なお,被告森拓之事務所及び被告Lは,原告各記述は,それらに対応する質問又は回答と組み合わさって初めて価値が生ずるものであり,単独では価値がないから,原告各記述には著作物性が認められない旨主張する。しかし,言語の作品について,情報としての価値があるか否かは,思想及び感情の創作的表現であるか否かの判断に影響を与えるものということはできないから,同被告らの上記主張は失当である。

         また,被告森拓之事務所及び同Lは,本件掲示板への書き込みは匿名ですることも可能であるが,匿名で書き込みをした者は,自らが書き込んだ文章に対して責任を負うことはないのであるから,上記文章についての著作権を認める合理性はない旨主張する。匿名による著作物の公表であっても,著作物性を肯定する妨げにならないことは,著作権法上明らかであるから,同被告の上記主張は失当である。
        もとより,インターネットにおける掲示板上に書き込んだ投稿文章であっても,著作物性の成否に関する前記の判断基準に何ら消長を来すものではない。
     イ これに対して,原告各記述部分のうち,以下の部分は,@文章が比較的短く,表現方法に創意工夫をする余地がないもの,Aただ単に事実を説明,紹介したものであって,他の表現が想定できないもの,B具体的な表現が極めてありふれたもの,として筆者の個性が発揮されていないから,創作性を否定すべきである。

        すなちわ,原告記述1@,同2−(2)A,同2−(2)B,同2−(3)@ないし同2−(6)A,同2−(6)Cないし同2−(7)C,同3−(3),同5−(2),同5−(3)Aないし同5−(4)B,同5−(6)A,同5−(13)@,同5−(16)@,同5−(20)@ないし同6−(1)B,同6−(2)A,同7−(2)@,同7−(2)A,同7−(2)C,同7−(2)D,同7−(3)@,同7−(6)@ないし同7−(6)B,同7−(9)ないし同8@,同10A,同11−(1),同11−(3)Aは,創作性を否定すべきである。
   (4) 以上のとおりであって,原告各記述部分は,前記(2)イで示した原告各記述部分を除いたその余の部分には著作物性が認められる。そうすると,本件書籍を著作,出版,販売する被告らの行為は,原告らが著作権を有する部分について,原告らの複製権を侵害する行為となる。

 3 (争点(3),(4))被告光文社には,著作権侵害について過失があるか。被告らは,本件書籍を著作,出版,販売することについて,原告らの承諾を受けたか。権利濫用に当たるか。
   (1) 被告光文社は,本件出版契約において,被告森拓之事務所から,「被告森拓之事務所は,本著作物が他人の著作権その他の権利を侵害しないことを保証する。」との保証を得ていること,及び原告らは,本件掲示板に書き込みをする際,ハンドルネームを表記してあるだけであって実名を明らかにしていないため,原告らの許諾の有無を調査することは極めて困難であることから,被告光文社には,著作権侵害についての過失がない旨主張する。
      しかし,同被告主張は以下のとおり失当である。すなわち,被告光文社が,被告森拓之事務所との間に,上記のような保証を内容とする契約を締結していても,原告らが転載を許諾したか否かを調査,確認する義務を免れるものではないというべきであり,また,原告らが本件掲示板上にハンドルネームしか表示しておらず,原告らに直接に確認をすることが困難であるとしても,被告森拓之事務所に対して,原告らから許諾を得たことを示す資料の提供を求めるなどして原告らの許諾の有無を確認することは可能である。ところが,弁論の全趣旨によれば,被告光文社は,原告らの許諾の有無について全く調査,確認をしていないことが認められるから,被告光文社に著作権侵害について過失がないということはできない。

   (2)  被告森拓之事務所及び同Lは,本件掲示板へ書き込みをする者は,同掲示板へ書き込みをした内容について著作権を主張しないという暗黙の了解があった旨主張する。しかし,本件全証拠によっても上記のような承諾があったことを窺わせる事実を認めることはできないから,同被告の上記主張は失当である。
   (3)  被告森拓之事務所及び被告Lは,原告らは,本件掲示板を無料で閲覧して情報を得ていながら,自己が書き込みをした文章については著作権を行使するのは権利の濫用であって許されないと主張する。確かに,本件掲示板は,投稿の内容を無料で閲覧することができ,質問に対する回答を無料で入手することができるが,そのようなことを前提としても,なお,被告らが,原告らの著作物を,原告らに無許諾で複製,出版したことについて,原告らが著作権に基づく請求をすることが権利の濫用に当たり許されないということは到底できない。同被告らの上記主張は失当である。

 4 (争点(4))損害額はいくらか。
   (1) 原告記述についての著作物使用料
     ア 証拠(甲4,乙1,2)及び弁論の全趣旨によれば,以下の事実が認められ,これに反する証拠はない。
       (ア) 本件書籍について,本体価格は648円であること,平成13年8月において,印刷部数は1万7000部であったこと,実販売数は,確定的な部数ではないが,1万1500部と推測されていたこと,そうすると,総販売額は,印刷部数を基礎とすれば約1100万円であり,実販売部数を基礎とすれば約745万円となる。また,本件書籍の総ページ数は388ページである。
       (イ) 被告光文社が本件書籍を作成する過程で支払った著作権の対価は,文章部分については,合計110万1600円(乙2の印税額合計),イラスト及びカバーデザイン部分については31万1605円(乙2の原稿料)である。

       (ウ) 前記2で検討したとおり,著作物性が肯定され,かつ,被告らにより複製された原告各記述部分が,本件書籍全体に占める割合は,以下のとおりである。
         @ 原告記述1については約0.3パーセント
         A 原告記述2については約0.3パーセント
         B 原告記述3については約0.7パーセント
         C 原告記述4については約0.8パーセント
         D 原告記述5については約3.4パーセント
         E 原告記述6については約0.2パーセント
         F 原告記述7については約1.6パーセント
         G 原告記述8については約0.2パーセント
         H 原告記述9については約0.1パーセント
         I 原告記述10については約0.3パーセント
         J 原告記述11については約0.2パーセント

     イ 以上認定した事実,すなわち,本件書籍の総販売額が概ね700万円から1100万円程度であることや著作権料として110万円から140万円程度の金額が支払われたことを総合考慮すると,原告各記述部分の著作物の使用料は,110万円を基準にして,原告各記述部分が全体に占める割合を乗じて算定した額をもってするのが相当である。

@ 原告記述1については3300円
(110万×0.003=3300円)
A 原告記述2については3300円
(110万円×0.003=3300円)
B 原告記述3については7700円
(110万円×0.007=7700円)
C 原告記述4については8800円
(110万円×0.008=8800円)

D 原告記述5については3万7400円
 (110万円×0.034=3万7400円)
E 原告記述6については2200円
(110万円×0.002=2200円)
F 原告記述7については1万7600円
(110万円×0.016=1万7600円)
G 原告記述8については2200円
(110万円×0.002=2200円)
H 原告記述9については1100円
(110万円×0.001=1100円)
I 原告記述10については3300円
(110万円×0.003=3300円)
J 原告記述11については2200円

(110万円×0.002=2200円)

   (2) 弁護士費用
       原告Kを除く原告らは,本件書籍の出版,販売を差し止めるために,被告らにその要請をしたほか,出版及び販売等の差止めの仮処分を申立てた。さらに,原告Kも含めた原告らは本件訴訟を提起した。原告Kを除く原告らは仮処分の申立て及び遂行を,原告Kを含めた原告らは本件訴訟の提起及び遂行を,原告ら訴訟代理人に委任した(弁論の全趣旨,裁判所に顕著な事実)。
       そして,本件訴訟の難易度,本件訴訟及び上記仮処分事件での請求又は申立ての内容,本件訴訟及び上記仮処分事件での認容の内容その他諸般の事情を斟酌すると,被告が原告らの有する著作権を侵害したことと相当因果関係が認められる弁護士費用に係る損害額は,上記の仮処分申立事件及び本件訴訟それぞれについて,原告らそれぞれにつき5万円と認めるのが相当である。

   (3)  したがって,被告らの著作権侵害により生じた原告らの損害額は,以下のとおりとなる。
     (ア) 原告Aは10万3300万円
     (イ) 原告Bは10万3300円
     (ウ) 原告Jは10万7700円
     (エ) 原告Dは10万8800円
     (オ) 原告Gは13万7400円
     (カ) 原告Hは10万2200円
     (キ) 原告Cは11万7600円
     (ク) 原告Fは10万2200円
     (ケ) 原告Eは10万1100円
     (コ) 原告Iは10万3300円
     (サ) 原告Kは5万2200円

 5 以上のとおり,原告の本訴請求は,被告らに対し,本件書籍の出版,販売等の差止めを,被告ら各自に対し,前記4(3)で判示した賠償金及びこれらに対する不法行為の後である平成13年10月26日から各支払済みまで民法所定の年5分の割合による遅延損害金の支払を,被告光文社に対し,同社が所有する本件書籍並びにこれに関する印刷用紙型,亜鉛版,印刷用原板の破棄を求める限度で理由があるから,これを認容する。

    東京地方裁判所民事第29部

        裁判長裁判官       飯  村  敏  明


           裁判官       佐  野     信

  裁判官谷有恒は,転補のため署名捺印できない。
 
        裁判長裁判官       飯  村  敏  明



別紙 書籍目録

 書    名         世界極上ホテル術
 著    者          Lとホテル・ジャンキーズ・クラブ
 発行所          株式会社光文社
 総ページ数          388頁
 版    型          文庫版


 
 
 


 

 注 意

本決定文は、研究上の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

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