ニフティサーブ現代思想フォーラム事件第一審判決

 

事件名 ニフティサーブ現代思想フォーラム事件第一審判決
東京地裁 平成6年(ワ)第7784号・24828号
判決名 東京地判平成9(1997)年5月26日(控訴)
掲載誌 判時1610号22頁
判例評釈 山口いつ子・法時69巻9号92頁、斎藤博・別冊法時17号72頁、手嶋豊・判評470号27頁(判時1628号189頁)、加藤新太郎・判タ965号63頁、高橋和之・ジュリ1120号80頁
備 考 控訴審・東京高判平成13(2001)年9月5日(確定)

 

  

判      決

 



主     文


 一 被告らは、原告に対し、各自金一〇万円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
 二 被告乙山は、原告に対し、金四〇万円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
 三 原告のその余の本訴請求をいずれも棄却する。
 四 被告乙山の反訴請求をいずれも棄却する。
 五 訴訟の総費用は、原告に生じた費用を五分し、その四を原告の負担とし、その余を被告らの負担とし、被告らに生じた費用はそれぞれの被告らの負担とする。
 六 この判決は、原告勝訴部分に限り、仮に執行することができる。


理     由


 事実及び理由

 第一 請求

 一 本訴請求
 1 被告らは、原告に対し、各自、金一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二七日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
 2 被告らは、原告に対し、商用ネットワーク・NIFTY−Serve (以下「ニフティサーブ」という。)上に、別紙一の第一項記載の謝罪広告を、同別紙第二項記載の掲載条件で掲載せよ。
 二 反訴関係(被告乙山の請求)
 1 原告は、被告乙山に対し、金二〇〇万円及びこれに対する平成六年一二月二〇日から支払ずみまで年五分の割合による金員の支払をせよ。
 2 原告は、被告乙山に対し、ニフティサーブ上に、別紙二の第一項記載の謝罪広告を、同別紙第二項記載の掲載条件で掲載せよ。

 第二 事案の概要

 一 当事者及び本訴反訴の主張の概要
 1 当事者
 (一) 被告ニフティは、パーソナルコンピュータ、コンピュータ等の装置間の通信(以下「パソコン通信」という。)を主体とした一般第二種電気通信事業及び関連情報処理サービス業等を営む会社であり、パソコン通信ニフティサーブの主宰者である。
 (二) 原告は、平成元年四月にニフティサーブの会員(以下、単に「会員」ともいう。)となり、「Cookie」とのハンドル名(ニフティサーブにおいて、自己を表示するために用いる名称)を用いていた者である。
 (三) 被告丙川は、平成五年一一月ころから(ただし、契約書は一〇月二五日付け。)、ニフティサーブの現代思想フォーラム(略称・FSHISO。以下「本件フォーラム」という。)のシステム・オペレーター(SYSOP。フォーラムマネージャーともいう。以下「シスオペ」という。)を担当している者である。なお、シスオペとは、被告ニフティとの間の契約に基づき、同被告から、ニフティサーブ中の特定のフォーラムの運営・管理を委託されている者をいう。
 (四) 被告乙山は、「気が小さい乙」及び「OTU THE SHOGUN」とのハンドル名を用いていたニフティサーブの会員である。

 2 本訴関係の主張の骨子
 (一) 被告乙山は、本件フォーラムに設置されている電子会議室に、別紙発言一覧表(一)ないし(四)の各「発信番号」欄記載の発言番号を付された文章(これらに対応する「名誉毀損部分」欄記載の各文章を含むもの。なお、一つの発言番号を付された文章全体を指して、以下「発言」といい、これらの各発言を総称して、以下「本件各発言」という。)を書き込み、原告の名誉を毀損した。
 (二) 被告丙川は、本件フォーラムのシスオペとして、本件各発言を直ちに削除する等の作為義務があったのにこれを怠り、右各発言によって原告の名誉が毀損されるのを放置した。
 (三) 被告ニフティは、ニフティサーブの主宰者として、被告丙川を指導し、本件各発言を削除させるか、自らこれらを削除すべきであったのに、これらの措置をとらず、右各発言によって原告の名誉が毀損されるのを放置した。また、同被告が、被告乙山の本名、住所等を開示するようにとの原告の要求に応じなかったため、原告の損害が拡大した。
 (四) そして、原告は、右(一)のような主張事実を前提として、被告ら各自に対し、(1)慰謝料一〇〇〇万円及びこれに対する平成九年五月二七日(本判決言渡しの日の翌日)から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに、(2)ニフティサーブ上への謝罪広告の掲載を求めている。なお、原告の、被告乙山及び同丙川に対する請求は、いずれも不法行為に基づくものであり、被告ニフティに対する請求は、右(1)については使用者責任又は債務不履行(安全配慮義務違反)、右(2)については使用者責任に基づくものである。

 3 反訴関係の主張の骨子
 被告乙山は、原告が、本件フォーラムにおいて、
 (一) 被告乙山をいわゆる村八分にして同被告の名誉を毀損した
 (二) 被告乙山の職場でのトラブルを暴露して、同被告のプライバシー権を侵害した
 などと主張して、原告に対し、不法行為に基づき、慰謝料合計二〇〇万円及びこれに対する反訴状送達の日の翌日である平成六年一二月二〇日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払、並びに、ニフティサーブへの謝罪広告の掲載を求めている。

 二 争点
 1 本訴関係
 (一) 被告乙山の本件各発言によって、原告の名誉が毀損されたか(全被告関係)。
 (二) 被告丙川の責任原因(被告丙川及び同ニフティ関係)
 (三) 被告ニフティの責任原因(被告ニフティ関係)
 (1) 使用者責任
 (2) 債務不履行責任(安全配慮義務違反)
 (四) 損害額及び謝罪広告掲載の要否

 2 反訴関係
 (一) 後記スクランブル事件(第三の一2(一)(2)<3>)によって、被告乙山の名誉が毀損されたか。
 (二) 原告が、被告乙山のプライバシー権を侵害する書き込みをしたか否か。
 (三) 損害額及び謝罪広告掲載の要否

 第三 争点についての当事者の主張

 一 本訴関係
 1 原告の主張
 (一) 被告乙山の責任
 (1) 原告は、ニフティサーブで会員情報を公開していたほか、被告ニフティが発行する雑誌「ONLINE TODAY JAPAN」の平成五年九月号においては、「Cookie」が原告であることが明らかにされていた。また、原告は、ニフティサーブのオフラインパーティー(会員を集めて開催されるパーティー)にも積極的に参加し、自己のID番号を印刷した名刺を多数の者に配付していた。さらに、被告乙山も、その発言中で、「Cookie」が原告であることを明言していた。これらの事情に照らすと、本件フォーラムに参加したニフティの会員なら誰でも、「Cookie」が原告があることを知り得たというべきである。したがって、本件各発言によって、原告の社会的評価が低下し、その名誉が毀損されたことは明らかである。
 (2) 被告乙山の責任
 被告乙山は、故意又は過失によって、本件各発言を本件フォーラムの電子会議室に書き込んだものであるから、不法行為に基づき、原告の損害を賠償する責任がある。
 (二) 被告丙川の責任
 (1) <1> 本件フォーラムのシスオペである被告丙川は、被告ニフティとの間のフォーラム運営契約によって本件フォーラムの運営・管理を委ねられており、他人を誹謗中傷するなど会員規約に違反する発言を削除することもできる地位にあること、<2> これに対し、右のような発言によって被害を被った者には、有効な対抗手段が与えられていないこと、<3> ニフティサーブの会員規約、フォーラム運営契約書(丙一)及びフォーラム運営マニュアル(丙二。以下「運営マニュアル」という。)の記載内容に照らし、ニフティサーブにおいては、他人を誹謗中傷するような違法な発言については、原則として削除することがルールとして確立されていたというべきこと、<4>
 被告ニフティは、会員に対し、フォーラムに書き込まれる発言を常時監視すべき一般的注意義務を負うと解すべきところ、被告丙川は、被告ニフティに代わってフォーラムの運営・管理を行っている者であるから、被告ニフティと同様の義務を負うものと解すべきこと(被告丙川及び同ニフティは、被告丙川の注意義務の存否について、作為義務の存否の観点からのみ論じているが、それだけでは不十分というべきである。)等を総合すると、被告丙川には、本件フォーラムの電子会議室に書き込まれた発言が他人の名誉を毀損しないかを常時監視し、そのような発言が書き込まれた場合には、これを削除したり、右発言を書き込んだ会員を直接指導するなどして、右発言の有線送信を未然に停止し、また、当該会員に、その後さらに他人の名誉を毀損する発言を書き込むことを止めさせ、これによる損害の発生、拡大を防止すべき義務があったというべきである。
 (2) ところが、被告丙川は、原告の名誉を毀損する内容の本件各発言の存在を、これらが書き込まれる毎に知りながら、これを削除せず放置した。その結果、本件各発言による原告の損害が拡大したものである。
 (3) したがって、被告丙川には、不法行為に基づき、原告の被った損害を賠償する責任がある。
 (三) 被告ニフティの責任
 (1) 使用者責任
 <1> 被告ニフティは、本来自ら行うべきフォーラムの運営・管理の業務を、シスオペに委託して行わせているものであるから、右(二)の被告丙川の不法行為は、被告ニフティの事業の執行につきされたものである。
 <2> そして、フォーラム運営契約(丙一)、運営マニュアル(丙二)によれば、シスオペは、第三者に対する誹謗中傷等を内容とする文章が書き込まれた場合の対応については、被告ニフティに対する連絡や、右発言を削除するか否かの判断、処理について、被告ニフティから詳細な義務を課せられており、また、シスオペをフォローするために被告ニフティがシスオペに対して行った指示にも拘束されると解される。さらに、フォーラム運営契約では、被告ニフティは、シスオペを解任することができるものとされており、本件各発言がされる以前にも、現実に被告ニフティによってシスオペが解任され、同被告の従業員が当該フォーラムのシスオペを代行したこともあった。これらの事情に照らすと、被告ニフティとシスオペである被告丙川との間には、使用者責任の基礎となるべき実質的な指揮監督関係があるというべきである。
 <3> したがって、被告ニフティは、使用者責任に基づき、右(二)の被告丙川の不法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。
 (2) 債務不履行(安全配慮義務違反)
 <1> 電気通信事業法一条が同法の目的として「利用者の利益」の保護をあげていること、ニフティサーブ上で被害を受けた会員を保護し得る立場にあるのは被告ニフティ及び同被告からフォーラムの運営・管理を委託されたシスオペのみであること、被告ニフティは、会員に対して有償で各種サービスを提供していることに照らすと、被告ニフティは、会員との間の会員契約に基づく付随義務として、ニフティの会員が、ニフティサーブの利用により犯罪等の被害に遭遇しないよう配慮して会員に損害が生じるのを未然に防止し、損害発生を防止できないときでも損害を最小限度に止めるべき契約上の安全配慮義務を負うと解すべきである。そして、本件において、被告ニフティが、原告に対して負う安全配慮義務の具体的内容は次のとおりである。
 {1} 電子会議室に会員の名誉やプライバシーを侵害するような書き込みがないかを常時監視し、このような書き込みがされた場合はこれを削除して当該会員の損害を最小限度に押さえるべく努力し、かつ、かかる不法な発言をした会員を適切に指導する義務
 {2} ニフティサーブ上で名誉毀損等の被害にあった会員に対し、加害者である会員の氏名及び住所を開示する義務
 <2> 履行補助者の故意・過失による債務不履行
 被告ニフティは、フォーラムの運営・管理を第一次的にはシスオペに委託しているから、右<1>の安全配慮義務は、シスオペが被告ニフティの履行補助者として履行することになる。そして、本件フォーラムのシスオペの被告丙川には、右(二)(2)のような注意義務違反があるところ、これは、被告ニフティが右<1>{1}の義務に違反したのと信義則上同視すべき行為というべきであるから、被告ニフティは、原告に対し、債務不履行責任を負う。
 <3> 被告ニフティによる債務不履行
 {1} 右<1>{1}の義務違反
 被告ニフティは、
 a 別紙発言一覧表(二)の符号6ないし11の各発言については、原告が平成六年一月六日付け電子メール(通信回線を通して、特定の相手方に対して送る手紙のようなもの)で明確に削除を要求してから同年二月一五日までの間、これらを削除せずに放置した。
 b 同一覧表(一)記載の符号1及び2、並びに同一覧表(二)記載の符号1ないし5及び12の各発言については、平成六年になってから、担当者が被告乙山の発言を読んだ際に名誉毀損発言と判断し、直ちに削除すべきであったのに、これを行わず、平成六年五月二五日に、ようやくこれらを電子会議室の登録から外す処理をした。
 c 右a及びb以外の本件各発言については、被告ニフティは、少なくとも訴状送達後、直ちにこれらを削除すべきであったのに、右bと同様の処理をした。
 被告ニフティのこのような行為は、右<1>{1}の義務に違反するものである。
 {2} 右<1>{2}の義務違反
 原告は、被告ニフティに対し、平成六年二月一四日付け書面及び同年三月一〇日付け書面をもって、被告乙山の住所氏名の開示を要求したが、同被告はこれを拒否した。このような被告ニフティの行為は、右<1>{2}の義務に違反するものである。
 被告ニフティは、被告乙山の住所氏名の開示を拒否した理由として電気通信事業法一〇四条をあげるが、通信当事者の一方たる原告に、他方の通信当事者たる被告乙山の住所氏名を開示することは同条にいう「通信の秘密を侵」す行為にはあたらないと解すべきであるから、同被告の主張には理由がない。
 {3} そして、右{1}及び{2}の義務違反の結果、本件各発言による原告の損害が拡大したのであるから、被告ニフティは、原告に対し、債務不履行に基づき、その損害を賠償する責任がある。
 (四) 損害額及び謝罪広告の必要性
 (1) 本件各発言の内容はその一つ一つが極めて悪質であること、同一フォーラム上に継続、反復して書き込まれていること等に照らすと、本件各発言によって原告に生じた損害に対する慰謝料の額としては、一〇〇〇万円が相当である。そして、原告の、被告らそれぞれに対する請求権は、不真正連帯の関係にあると解されるから、被告らは、原告に対し、各自、一〇〇〇万円の損害を賠償する責を負うものである。
 (2) また、本件各発言によって、原告が被った損害の回復のためには、被告らにおいて、ニフティサーブ上に、別紙一の謝罪広告を同別紙記載の掲載条件で掲載することが必要というべきである(ただし、被告ニフティに対しては、使用者責任のみに基づいて、謝罪広告掲載の請求をするものである。)。

 2 被告乙山の主張
 (一) 本件各発言についての違法性の不存在
 (1) ある言動が人の社会的名誉を低下させるものか否かの判断にあたっては、事実摘示の程度、公益性、行為者とその対象となった者との関係、行為時の状況・手段等を検討して、法が名誉毀損として類型的に予定した程度の違法性を具備するかどうかを検討しなければならず、また、類型的には他人の社会的名誉を毀損するものと考えられた場合でも、かかる行為が、真実を公表するものであって、その他人の行った言動に対する反論、弁明としての自己の権利・名誉の擁護を図るものであり、かつ、その他人の行った言動に対比して、その方法、内容において相当と認められる限度を超えない限り、違法性を欠くものと解するのが相当である。
 (2) 本件各発言がされるに至った経緯
 <1> 被告乙山は、平成五年四月ころ、妻のIDを用いて本件フォーラムに入会したが、右当時、原告は、本件フォーラムに設置されていたフェミニズム会議室において、リアルタイム会議(RT会議。同一フォーラム内に同時にアクセスしているニフティの会員が複数で会話を交わすことができる機能。)を主宰するRT要員(リアルタイム会議において、会員相互の会話を盛り上げるため、運営に協力する会員。)という公的地位にあり、被告ニフティからフリー・フラッグ(FF。特定のフォーラムへのアクセス中はニフティサーブの使用料金が課されない課金免除の地位を表す標識。)を付与されていた。
 <2> フェミニズム会議室は事実上原告を中心に運営されていたところ、そこでは、原告及び原告と親しい会員(以下「原告ら」という。)の考える「フェミニズム」に異を唱えた会員に対しては、その意見を認めず、最終的には対話を拒否するという運営が事実上されていた。被告乙山は、原告らが考える「フェミニズム」及び原告らが行っていた右のような運営のやりかたを批判したところ、主として原告のシンパである会員から猛反発を受けた。
 <3> 平成五年五月七日、被告乙山が、本件フォーラムのリアルタイム会議に参加していたところ、RT要員としてこれを主催していた原告が、他の参加者に呼びかけ、スクランブル機能(スクランブルモードにすることによって、スクランブルモード及びパスワードを知っている特定の会員のみしかアクセスすることができないようにする機能。)を用いて、被告乙山を、リアルタイム会議に参加できないようにした(この出来事を、以下「スクランブル事件」という。)。また、原告は、平成五年五月中旬、本件フォーラムのリアルタイム会議において、被告乙山が、以前勤めていた職場において原稿料のことでもめごとをおこした旨の書き込みをして、被告乙山のプライバシーを暴露した。さらに、原告は、そのころ、本件フォーラムに、「部落は怖い。」との書き込みをした。
 <4> スクランブル事件に関して、原告は、多数の会員から批判を受けたが、右批判に対し、原告は、自分は一般会員であるから、気の合う人だけで話すためにやるスクランブルは正当であるとの弁明を行った。しかしながら、原告がリアルタイム会議の主宰者であることは一般に知られていたため、右弁明によって原告への批判はさらに強まった。そのためか、原告は本件フォーラムからの撤退を表明したが、その後の平成五年一〇月ころ、原告は、本件フォーラムに、「朝鮮は怖い。」旨の書き込みをした。
 <5> 平成五年一一月中旬、原告が運営責任者となって、生涯学習フォーラム(FLEARN)の中にフォーラム・イン・フォーラム(FinF。一つのフォーラム内に独立したフォーラムが設置されるもので、いわば通常のフォーラムに昇格する前の準備段階的なもの。)の形式でフェミニストフォーラム(FFEMI)が設置された。フェミニストフォーラムにおいては、ローカルルール(フォーラム利用者に対して、当該フォーラムのみで適用される利用方法や発言方法、発言の削除を含む保守管理に関するルール)によって、あらかじめ発言の内容が拘束されており、事実、原告の考える「フェミニズム」に批判的な書き込みは、一方的に削除されるという運営がされていた。
 (3) 被告乙山が本件各発言を書き込んだ趣旨
 被告乙山は、<1> 前記のように本件フォーラムの運営協力者であり、かつ、フェミニストフォーラムの運営責任者という公的地位にあった原告が行ったフォーラムの運営方法や、原告の運営責任者としての資質といういわばフォーラムにおける公共的な問題に対する批判、<2> 原告が本件フォーラムに「部落は怖い。」「朝鮮は怖い。」の書き込みをしたことに対する抗議・反論、<3> 原告が考える「フェミニズム」「フェミニスト」に対する思想的な批判を目的として本件各発言を書き込んだものである。そして、本件各発言より以前に、他の会員からされた穏便な方法による原告批判が全く効果を現さなかったために、被告乙山の発言は、多少激烈な修辞を用いたスタイルにならざるを得なかったものである。
 (4) さらに、本件においては、次のような事情も考慮されるべきである。
 <1> パソコン通信及びコンピュータネットワーク(以下、「ネットワーク」という。)においては、会員に関しては、通常、ID、ハンドル名、書き込んだ日時、文章自体の四つの情報以外は明らかでなく、また、多くの会員が、実社会とは別の人格としてふるまい、複数のIDを取得して複数の人格を演じる者もいる。したがって、ネットワーク上において、名誉毀損の前提となるその人の社会的評価というものを観念できるかは疑問である。
 <2> また、ネットワーク上に社会的評価を低下させるおそれがある発言が書き込まれたとしても、これに対しては容易に反論して社会的評価の回復を図ることが可能である。また、書き込まれた発言を読む他の一般会員は、当該発言自体が直ちに社会的評価に影響を及ぼすものとは考えず、むしろ、反論、批判こそが重大関心事であって、それらの反論、批判をも考慮して、当該発言の正確を判断するものである。これらのような事情は、会員相互で論争をしながら現代社会の問題や思想的課題に取り組むことを目的とした本件フォーラムのような場においては、最も顕著に表われるものである。
 <3> さらに、本件各発言は、現代社会と思想を扱う極めて特徴のあるフォーラムである本件フォーラムに書き込まれたものである。
 (5) 以上のような事情を総合すると、被告乙山が行った本件各発言は、いずれも、法が名誉毀損として類型的に予定した程度の違法性は有しないものと言わざるを得ない。
 (二) 原告の精神的損害の不存在
 原告は、<1> 平成六年四月五日発行の雑誌に掲載された座談会において、実名でパソコン通信上の名誉毀損問題について自らの体験を語っていること、<2> 本訴提起に際し、各種マスコミに対し記者会見を行い、本件各発言の写しを配布していること、<3> 「婦人新聞」平成六年六月二五日号に実名(全身の写真付き)で登場しており、記事の中には被告乙山の発言の一部が具体的に引用されていることに照らすと、本件各発言によって、原告が精神的損害を被ったことはないものというべきである。
 (三) まとめ
 以上のとおりであるから、被告乙山に対する原告の請求は失当である。

 3 被告丙川の主張
 (一) 予見可能性及び予見義務について
 (1) 予見の困難性
 <1> パソコン通信の歴史は浅く、そこで行動する人々の行動様式や行動原理は経済的合理性に基づかないことが多い。また、<2> 名誉毀損による不法行為では、損害の内容が人の社会的名誉であって、損害発生の予見は困難であるうえ、ネットワークにおいて、金銭で填補されるにふさわしい社会的評価の低下があり得るかは不明である。さらに、<3> 被告丙川は、本件フォーラムで活動している者に関する情報として、書き込まれた文章、右文章が書き込まれた日時、ID番号、ハンドル名のみしか与えられてないうえ、一人で多数のIDを保有したり、一つのID番号を多数人が使用したりする者もいる。また、<4> 被告丙川の本件フォーラムへの関与は留学していた期間をはさんで限定されていたこと、本件各発言は、同被告が留学から帰国して本件フォーラムのシスオペに就任した一か月後から書き込まれたこと、同被告は、シスオペを行うための実費用に満たない程度の報酬を被告ニフティから受け取っていたにすぎず、本業の傍ら、基本的にはボランティア的にシスオペを行っていたことに照らすと、被告丙川に過重な予見義務を課すことはできないというべきである。以上のような事情に照らすと、本件において、被告丙川が、損害発生を予見することは困難であったものというべきである。
 (2) 被告丙川が予測し得た損害
 右(1)のような困難な状況であったにもかかわらず、被告丙川は、被告乙山の書き込んだ発言による損害発生の危険性について、原告から電子メールで発言一覧表(二)の符号6ないし11の各発言につき対処を求められた直後に、本件フォーラムの運営会議室において討議をしたが、その結果、損害発生の危険の現実性、具体性、重大性はないものと予測された。
 (3) 常時監視義務を認めることの不当性
 仮に、原告主張のとおり、シスオペにフォーラムが常時監視する義務を課すとすれば、右(1)のように、ボランティア的に行われているシスオペの活動に基礎をおいている現在のパソコン通信等のネットワーク発展の芽を摘んでしまうことになりかねず、妥当ではない。
 (4) 以上のとおりであるから、本件において、被告丙川には、損害発生の予見可能性及び予見義務はなかったものというべきである。
 (二) 結果回避可能性及び結果回避義務について
 (1) 右(一)(1)ないし(3)に照らすと、被告丙川に関して、結果回避可能性及び結果回避義務を明確に確定することは困難である。
 (2) 発言削除等の措置について
 <1> 削除の無効性
 {1} ネットワークにおいては、発言を削除しても、同趣旨の発言を何度でも容易に書き込むことができること、一旦書き込まれた発言は、極めて短時間のうちに多くの者にダウンロードされ、それが電子会議室等から削除された後も、ダウンロードした者から電子メールやフロッピーディスク等で流布されることも多いことに照らすと、問題発言に対する対処としては、発言削除は有効なものではない。また、{2} 問題発言を書き込んだ者のフォーラムへのアクセスを停止する措置(会員削除)も、当該会員において他のフォーラムに同趣旨の発言を書き込むことが可能なこと、同一人が他のID番号でフォーラムに入会して同趣旨の発言を行うことも可能なこと、本件フォーラムでは、当時、フォーラムの会員でなくとも発言を書き込むことができたこと等に照らすと、問題発言に対する対処としては有効な方法とはいえない(なお、被告ニフティが当該会員のニフティサーブの会員としての資格を剥奪する措置(ID削除)をとったとしても、当該会員が氏名・住所等を偽って新たなIDを取得したり、同趣旨の発言を他の会員にさせることも容易なこと、他のネットワーク上に同趣旨の発言を書き込むことも可能なことに照らすと、有効な対処方法とはいえない。)。
 <2> シスオペにとっての発言削除の危険性
 {1} 被告丙川は、被告ニフティに対し、ニフティサーブの会員の権利を最大限尊重する義務を負うとともに、電気通信事業法上、ニフティサーブの利用者が書き込んだ発言等を伝達する義務を負っているが、みだりに発言削除を行うと、このような義務に違反する危険性がある。なお、被告丙川のように、思想を扱う本件フォーラムのシスオペとしては、憲法に規定されている表現の自由や適正手続の要請をできるだけ尊重せざるを得ないという事情もある。また、{2} シスオペが発言の記載内容を監視し、これを削除するなど通信内容への関与を強めると、それが、雑誌・新聞などの編集と同等の行為とみなされ、通信内容すべてについて不法行為等の責任を負わされる危険性も生じる。
 <3> 被害を主張する者にとっての危険性
 {1} フォーラムにおいては、ある発言によって誹謗された者が、その発言を発言者が削除できないように自ら当該発言にコメントをつけたうえで反論をすることさえあるところ、発言削除はこのような反論の機会を奪うことになる。また、{2} 発言削除は、被害を受けたと主張する者が、訴えの提起等などのために必要な証拠を失わせる危険性も生じさせる。さらに、{3} 発言削除が契機となって、脅迫等の実生活上の被害が生じる危険性や、同趣旨の発言が当該フォーラムや他のフォーラム等に繰り返し書き込まれるなどかえって被害が拡大する契機となる危険性がある。
 <4> 会員規約、フォーラム運営契約、運営マニュアルの解釈
 後記4(一)(2)の被告ニフティの主張を援用する。
 <5> 以上のとおりであるから、被告丙川に、発言削除等による結果回避可能性及び結果回避義務はない。
 (3) 発言の「一時預かり」について
 右(2)のような事情は、シスオペが「一時預かり」等の名目で発言の送信を停止する措置をとる場合にも、仮処分手続における立担保制度のように一時的に不利益処分を受ける者の損害を担保する制度が整っているか、不利益処分を受ける者の納得を得たうえで実行する場合で最終判断について明確な手続保障があるとき以外はあてはまると解される。したがって、本件において、被告丙川に、いわゆる「一時預かり」による結果回避義務もない。
 (4) 強権的な指導の無効性
 被告丙川が、原告に対し、本件フォーラムの会員を指導すべき義務を負う法的根拠はないうえ、当時、被告丙川が、強権的な指導を行えば、これによって、被告乙山が反発し、さらに問題発言を書き込む危険性が大きいことは、被告乙山が書き込んだ発言等からみて明白な状況にあった。
 (5) 問題発言に対するシスオペの対処について
 確立された基礎理論もない電子的なネットワークの世界で、現行法の要請を満たし、フォーラム運営者としての責務を果たしながら、会員の人格を守るためには、シスオペとしては、自己の運営・管理するフォーラムの特性と会員の個性とを把握し、自らの経験に基礎をおいた手法をもって対処していくしか方法はない。被告丙川は、このような観点から、シスオペ就任に際して本件フォーラムの過去の書き込みを検討し、フォーラムの現状が罵倒に満ちた憂うべきものであることを知り、思想を論ずる場のあり方を模索し、会員との対話によって多くの会員の個性をつかむとともに、フォーラム運営に自己の教育学者としての経験を生かせそうな途として、ぎりぎりまで発言削除は避け、会員と公開の場での議論を積み重ね、会員の意識を変えることによって、他人を罵倒するような発言が多数書き込まれるような本件フォーラムの状況を根本的に改善することをフォーラム運営の基本方針として採用したものである。そして、このような被告丙川のフォーラム運営は、着実に成果を上げているものである。
 (6) 以上のとおりであるから、原告が主張するような発言削除や発言者に対する「指導」では結果回避可能性があるとはいえないし、また、本件では被告丙川に結果回避義務違反もない。
 (三) 本件各発言の不法行為性の認識
 (1) 本件各発言の不法行為性
 右2における被告乙山の主張を援用する。
 (2) 不法行為性の認識
 被告丙川が原告に対し法的責任を負担する前提としては、単に問題発言が書き込まれたことを認識したというだけでは不十分であり、不法行為の要件が全て備わっていることの認識が必要であるというべきである。
 <1> 違法性の認識について
 i 原告は、本件フォーラムにおいては通常会員がアクセスできない運営会議室へのアクセスが許され、かつ、フリーフラッグが付与されていたなど、かつては「運営者側」にあった者であり、また、生涯学習フォーラムのフェミニストフォーラムにおいては「運営者」としての地位にあった。このような地位にあった原告については、その運営者としての言動が批判にさらされるのは当然であるし、原告の言動にその思想が顕著に反映している以上、その思想の源泉である原告の人格に批判が及ぶこともやむを得ないことである。
 ii 本件各発言は、a 原告が「朝鮮・部落は怖い」と発言したことに対する非難、b 妊娠中絶に対する批判、c フェミニストフォーラムの運営に対する批判、d 原告がアメリカに在留期限を超過して滞在したことに対する非難、e 原告が、被告乙山のプライバシーを暴露したことに対する非難をその柱としている。そして、aについては、原告の本件フォーラム上における発言に照らし、原告が右のような発言をした可能性がないとは断定できなかったこと、bについては、原告が書き込んだ文章の中で自ら明らかにしていた事項に対する異なった立場からの批判と理解できること、cについては、右 i のような公的立場にあった原告に対する正当な批判と理解できること、dについては、被告乙山の主張どおり原告が自ら書き込んだ文章の中で語っているとしたら、この発言が違法とは断定できないこと、eについては、これが事実とすれば、このような行為を被告乙山が非難し得るのは当然であり、右 i のような原告の地位からすれば、名誉毀損にあたらないことが明らかであることに照らすと、これらの本件各発言をいわゆるフェア・コメントと理解することも可能であったものというべきである。
 iii したがって、被告丙川には、違法性の認識はなかったというべきである。
 <2> 損害の認識について
 右(一)(1)及び(2)のとおり、被告丙川には、本件各発言によって原告に損害が発生するとの認識はなかった。
 (四) 本件各発言に対する被告丙川の対応の妥当性
 後記4(四)の被告ニフティの主張を援用する。
 (五) まとめ
 以上のとおりであるから、被告丙川に対する原告の請求は失当である。

 4 被告ニフティの主張
 (一) 被告丙川の作為義務の不存在(使用者責任に基づく損害賠償請求等について)
 (1) 原告の右1(二)及び(三)(1)の主張は、被告丙川が、会員に対して、発言削除等の作為義務を負うことを前提とするものであるが、シスオペに右のような義務を負わせる法令、契約及び慣習は存在せず、条理によってシスオペに右のような義務を負わせるのも法的安定性を害し妥当ではない。また、被告ニフティが会員に対して安全配慮義務を負わず、被告丙川がその履行補助者の地位にあるとはいえないことは後記(二)のとおりである。
 (2) 会員規約(本件各発言当時のものは乙四)、フォーラム運営契約書(丙一)、運営マニュアル(丙二)においては、被告丙川のようなシスオペに、フォーラムの運営・管理については広範な裁量権が与えられており、シスオペに対し、被告ニフティとの関係においても右(1)のような作為義務を負わせる根拠となるものはない。
 (3) 本件フォーラムは、現代思想上の議論を中心とする場であるが故に、攻撃的色彩のある発言がされるのは日常茶飯事であり、被告丙川がシスオペに就任した平成五年一一月当時は、多かれ少なかれ問題性のある発言を全て削除するとすれば、全発言の三分の一ないし半分程度までがその対象となるという状況であり、また、軽卒に一方の立場に立っての発言削除は困難で、そのことを無視してシスオペが一方的に発言削除を行えば、たちまちにして大議論が始まり、シスオペが槍玉に挙げられることは容易に予想されることであった。被告丙川は、シスオペとして、強権発動である発言削除はかえって右のような本件フォーラムの混乱状況を激化させがちであると考え、むしろ各紛争の当事者に徹底した議論を行わせ、発展的かつ根本的に紛争を解消させるというフォーラム運営方針をとっていたものである。そして、右のような方針の合理性は、被告丙川のフォーラム運営の結果、本件フォーラムにおいては問題発言が大幅に減少したことから裏付けられたものである。
 (4) 以上のとおりであるから、本件フォーラムのシスオペである被告丙川は、会員に対し、原告主張のような作為義務を負うものではない。
 (二) 被告ニフティと被告丙川の間の指揮監督関係の不存在(使用者責任に基づく損害賠償請求について)
 運営マニュアル(丙二)の記載からも明らかなように、被告ニフティは、ニフティサーブにおけるフォーラムの運営・管理に関しては、被告丙川のようなシスオペに広範な裁量権を与え、その自主的な判断に委ねている(そして、各フォーラムはそれぞれ極めて多様な個性・特色を有しており、このようなフォーラムの独自性を最も把握しているのは当該フォーラムのシスオペであると考えられること、三〇〇以上も存在するフォーラムの運営・管理の全てを被告ニフティが行うことは不可能であることに照らし、このような運営方針は極めて合理的というべきである。)。例えば、各フォーラム毎のローカルルールについてはシスオペが独自に決定するのが原則であるし、どのような発言をどのような手続を経て削除するかの判断についてもシスオペらが決定することになる。したがって、被告ニフティと被告丙川の間には、使用者責任の前提となる指揮監督関係は存在しないというべきである。
 (三) 被告ニフティの原告に対する安全配慮義務の不存在(債務不履行に基づく損害賠償請求について)
 原告が、右1(三)(2)<1>で主張する諸事情は、原告主張の安全配慮義務の根拠となるものではない。そもそも、被告ニフティと会員との間の会員契約は、会員規約を基礎とし、同被告が会員にニフティサーブを利用することができる権利を与え、その対価として、当該会員が同被告に対し、一定の利用サービス料を支払うことを主旨とするものであるから、これに基づく付随的義務が同被告について観念されるとしても、あくまで、利用者たる会員が自由に情報を提供し、円滑に情報を取得することができるよう配慮するという観点からの義務であって、通信行為自体とは関係のない会員名誉等の利益保護の義務まで課されるものとは考えられない。
 (四) 被告ニフティ及び同丙川の具体的対応の妥当性(使用者責任及び債務不履行に基づく請求について)
 (1) 原告から被告ニフティあての最初の電子メールが届く以前(平成五年一二月二九日まで)
 本件フォーラムには二〇の電子会議室があり、一日あたりの発言は合計で平均四万五〇〇〇字以上にのぼること、右(一)(3)のような本件フォーラムの状況に照らすと、被告ニフティ及び同丙川には、この段階で積極的に問題発言を探知し削除するような作為義務はなく、また、法律の専門家でない同被告らにおいては、具体的に削除を求める発言を特定した発言削除の要求がない限り、発言削除の作為可能性もない。したがって、この段階で、同被告らが責任を負うことはない。
 (2) 原告から被告ニフティが初めて誹謗中傷発言の存在可能性を指摘され、初期対応をした期間(平成五年一二月二九日から平成六年一月六日まで)
 <1> 被告ニフティの担当者である小泉は、年末年始の休み明けの平成六年一月四日に原告からの最初の電子メールを読み、原告に対し、フォーラムの運営は基本的にシスオペに一任しているので直接発言者に対応するか、まずシスオペに相談するようにとの回答を行うとともに、被告丙川にも連絡を取ったが、これは、フォーラムの自主性を尊重するというニフティサーブの運営方針に基づく合理的なものであって、何ら違法性はない。
 <2> また、被告丙川は、平成六年一月六日に、原告から具体的発言を指摘して、対処を求める旨の電子メールの送信を受けると、直ちに、これらの発言の取り扱いについて、本件フォーラムの運営委員会に付議したものであり、このような被告丙川の対応は合理的なものである。なお、右電子メールが送信される前の時点において、被告丙川に積極的な作為義務も、発言削除の作為可能性もなかったことは、右(1)の時点と同様である。
 (3) 原告から被告丙川が誹謗中傷発言とされる発言の削除を求められ、それに対する対応を検討し、原告に提案した期間(平成六年一月七日から九日まで)
 <1> 被告丙川は、原告から指摘を受けた各発言の取り扱いについて本件フォーラムの運営委員会で三日間にわたって極めて慎重な議論を行ったうえ、平成六年一月九日、原告に対し、原告に発言を読んでもらって具体的に指摘を受けた部分についてニフティと協議したうえ削除が妥当と認められた場合には、原告からの訴えがありニフティと法的検討をした結果であることを明示して削除するとの提案を行ったものであるが、右のような被告丙川の提案は、{1}原告自らが発言の問題性を判断することが最も選択に遺漏がないと考えられること、{2} 尖鋭的な議論の対立が日常茶飯事である本件フォーラムの特質に鑑み、指摘もない段階で発言削除を行うことは非常に困難と考えられたこと、{3} 右のような本件フォーラムの特質や本件フォーラムの過去の状況からすると、シスオペが発言を一方的に削除した場合には他の会員からの強い反発を招くことが予想できたことに照らすと、右発言を直ちに削除しなかったからといってもなおシスオペとして発言削除に向けた適当な措置をとっていたといえる。また、運営委員会における議論中は、発言削除を行わなかったからといって、被告丙川が責任を問われる余地はない。
 <2> また、この時点において、被告ニフティは、フォーラムの自主性を尊重するという合理的な運営方針に沿って、被告丙川に対応を委ねていたものであるから、被告ニフティについても、責任を問われる余地はない。
 (4) 原告と被告ニフティ及び被告丙川の間で、右提案の修正について交渉がされた期間(平成六年一月一〇日から二〇日まで)
 この期間においては、被告丙川が右(3)のような合理的な提案をしているにもかかわらず、原告がこれを拒絶したために、発言削除ができない状況に陥ってしまったものであり、このような状況下において、被告ニフティ及び同丙川が発言を削除することは到底不可能である。したがって、右両被告に責任は生じない。
 (5) 右提案に対する原告からの回答待ち期間(平成六年一月二一日から二月一四日まで)
 被告丙川は、平成六年一月二〇日、原告と電話で約一時間にわたって話合をした際、原告から発言削除を待つよう告げられたため、この期間中は、原告から何らかの回答があるものと期待して発言削除を留保していたものであるし、被告ニフティの担当者も、被告丙川からその旨説明を受けていたものである。したがって、この期間に被告らが被告乙山に発言に対する対応をしなかったことをもって、被告ニフティ及び同丙川に責任は生じない。
 (6) 原告からの要望書を被告ニフティ及び被告丙川が受領し、これに対する対応を行った期間(平成六年二月一五日から三月一八日まで)
 平成六年二月一五日、原告代理人から被告ニフティ及び被告丙川に対し、原告の名誉を毀損する発言の削除、被告乙山の住所氏名の開示を求める書面が送付されたが、被告丙川は、右書面を受領後、直ちに本件フォーラムの運営委員会において対応を協議し、即日、指摘を受けた発言については削除したものであり、このような被告丙川の対応は妥当である。また、この時点で指摘を受けていなかった発言について削除しなかったからといって、被告ニフティ及び同丙川が責任を負うことはないことは、右(1)と同様である。
 また、被告ニフティが、被告乙山の住所・氏名を開示するようにとの原告の要求に応じなかったことについても、被告乙山は紛れもなく通信の当事者であるのに対し、原告は、少なくとも問題とされる発言については通信の当事者ではあり得ないのであるから、電気通信事業法一〇四条に違反するおそれが極めて高いのであって、右のような被告ニフティの対応は、通信の秘密の観点からはやむを得ない判断であり、違法性は皆無である。
 (7) 原告が本訴を提起し、訴状において新たに指摘された発言に対する対応がされた期間(平成六年四月二一日から五月二五日まで)
 被告ニフティ及び同丙川は、訴状の送達を受けて初めて、右(6)で削除した発言以外の発言に関する削除要求を認識したものであるところ、平成六年五月二五日には、これらの発言を本件フォーラムの登録から外している。訴状の送達を受けてから発言を登録から外すまで若干の時間はあるが、これは、訴訟方針の決定作業との関連によるものであるから、何ら問題とされる余地はないものというべきである。したがって、この点についても被告ニフティ及び同丙川が責任を負うことはない。
 (五) まとめ
 以上のとおりであるから、使用者責任又は債務不履行に基づく原告の被告ニフティに対する請求は失当である。

 二 反訴関係
 1 被告乙山の主張
 (一) 名誉毀損
 原告の起こした前記スクランブル事件(右一2(一)(2)<3>)は、リアルタイム会議において、被告乙山を、いわば「村八分」にしたものと評価できる。したがって、右のような原告の行為によって、被告乙山の名誉は毀損されたものである。
 (二) プライバシー権侵害
 右一(2)<3>のとおり、原告は、平成五年五月中旬、本件フォーラムのリアルタイム会議において、被告乙山が、以前勤めていた職場において原稿料のことでもめごとをおこした旨の書き込みをしたものであるが、右書き込みの内容が、(1) 被告乙山の私生活上の事実に関することであり、(2) 一般人の感受性を基準として、被告乙山の立場に立った場合、公開を欲しないであろうと認められる事柄であって、しかも、(3)
 一般の人々に知られていない事柄であることは明らかである。したがって、原告の右発言によって、被告乙山のプライバシー権が侵害されたものである。
 (三) 損害額及び謝罪広告掲載の要否
 原告の右(一)及び(二)の行為によって被告乙山に生じた損害を金銭に換算すると、二〇〇万円を下らないうえ、右損害の回復のためには、別紙二のとおりの謝罪広告を同別紙記載の掲載条件で掲載することが必要である。

 2 原告の主張
 (一) 右1(一)のうち、原告が、平成五年五月七日に、本件フォーラムのリアルタイム会議においてスクランブルモードを用いたことは認めるが、その余は否認し、争う。被告乙山は、本件フォーラムにおいて他人を罵倒する発言を繰り返していたため、原告は、やむを得ない措置としてスクランブルモードを用いたものである。
 (二) 同(二)及び(三)は否認し争う。

 第四 当裁判所の判断

 一 前提事実(証拠の引用のない事実は、争いのない事実又は当事者が明らかに争わない事実である。)
 1 ニフティサーブの概要
 (一) 被告ニフティが事業として行っているパソコン通信ニフティサーブは、パーソナルコンピュータ、ワードプロセッサー等(以下「パソコン等」という。)を電話回線で主宰会社のホストコンピュータに接続することにより、ネットワークに加入している会員同士で情報交換を行ったり、会員がソフトコンピュータ内に蓄えられた情報を引き出したりすることを内容とする通信手段である。
 (二) 会員と被告ニフティとの間の法律関係
 (1) ニフティサーブにおいては、会員規約(本件各発言がされた当然のものは乙四)が定められ、これを承諾したうえでニフティサーブへの加入手続をした者のみが会員となるものとされているところ、ニフティサーブに加入しようとする者は、被告ニフティの「イントロパック」等を取得し、仮IDにより、公衆回線からニフティサーブにアクセスして、その場でこれに加入する手続(オンラインサインアップ)によって、容易に会員となることができる。なお、会員規約には、<1> フォーラムに登録された発言等は、被告ニフティ又はシスオペにより、会員への事前の通知なく、題名の変更、フォーラム内での複写、移動等が行われる場合があること、<2> フォーラム、電子掲示板等に書き込まれた発言等の内容が、被告ニフティ又はシスオペにより、他の会員又は第三者を誹謗中傷し、または、その恐れがあると判断された等の場合には、会員への事前の通知なく右発言等が削除されることがあること、<3> 会員が、会員規約に違反したり、被告ニフティによって、会員として不適当と判断された場合には、被告ニフティは、当該会員の会員資格を、事前に通知、催告することなく、一時停止し、又は、取り消すことができること等が規定されている。
 (2) 右(1)のようなニフティサーブへの入会手続を経て、正式に会員となった者に対しては、被告ニフティから各会員固有のID番号を与えられる。会員は、一定の基準に基づいて算出された額の利用サービス料を支払うことにより、ニフティサーブを利用することができる。
 (3) 右(1)及び(2)に照らすと、被告ニフティと会員との間においては、会員規約に基づき、被告ニフティが、会員に対し、ニフティサーブというパソコン通信のネットワークを利用することができる権利を与え、その対価として、当該会員が、被告ニフティに対し、一定の利用サービス料を支払うことを主旨とする契約(以下「会員契約」という。)が締結されているものということができる。
 (三) フォーラム及び電子会議室
 (1) ニフティサーブにおいては、多様なテーマに関して、興味を同じくする会員が自由に意見を交換したり、情報を取得したりすることができる場として多くのフォーラムが開設されている。フォーラムには、会員が発言を書き込むことが可能で、また、そこにアクセスをすれば書き込まれている内容を読むことができる場所(電子会議室)があるが、各フォーラムには複数の電子会議室が設けられているのが通常である。ちなみに、原告が本訴を提起した時点では、約三〇〇のフォーラムが存在していた。
 会員のうち、どのような者に、どのようなかたちでフォーラムの利用を許すかは、当該フォーラムのシスオペの判断に委ねられている(シスオペにより、フォーラムの利用を正式に許された会員を、以下「フォーラム会員」という。)。一般的には、フォーラム会員以外の会員については、フォーラムの利用に一定の制限があることが多いが、本件各発言が書き込まれる当時、本件フォーラムにおいては、正式にフォーラム会員にならなくても、自由に電子会議室に発言を書き込んだり、そこに書き込まれている内容を読んだりすることができるものとされていた。
 (2) 電子会議室への発言の書き込みは、当該電子会議室に発言を書き込む資格を有する会員が、自己の使用するパソコン等から電話回線を通じて被告ニフティが管理するホストコンピュータ等(以下「ホストコンピュータ等」という。)に発言を送信すること(アップロード)により行われ、ホストコンピュータ等は、このようにして送信された発言を、その内部の特定の場所(電子会議室)に記録、蓄積する。一方、電子会議室に記録、蓄積されている発言の読み出し(ダウンロード)は、当該電子会議室の発言を読む資格を有する会員が、ホストコンピュータ等に電話回線を通じてアクセスし、ホストコンピュータ等から、右会員が指定した発言について、その使用するパソコン等に有線送信を受けることによって行われる。
 ニフティサーブにおいては、電子会議室に書き込まれた発言は、被告ニフティ及びシスオペによって、別の電子会議室に移動したり、削除したりすることができ、発言を書き込んだ会員自身も、他の会員が右発言にコメントをつけるまでの間は、これを削除することができるものとされている。発言が削除されると、会員は、ホストコンピュータ等からその有線送信を受けることができなくなる。
 (四) フォーラムの運営について
 被告ニフティと個々のシスオペの間では、被告ニフティが、個々のフォーラムのシスオペに対し、当該フォーラムの運営・管理を委託し、シスオペが、その対価として、同被告から、フォーラムへのアクセス料金の一定割合及びその他被告ニフティが定めるロイヤリティを報酬として支払を受けることを主旨とする基本契約(フォーラム運営契約)が締結され、これに基づき、シスオペがフォーラムの運営・管理を行っている。
 シスオペは、通常は被告ニフティの従業員以外の者で、当該フォーラムを扱うテーマに造詣が深い者が務めているが、その多くが、シスオペを専門に行っているわけではなく、他に本業を有し、空いた時間をシスオペとしての活動にあてている者である。(なお、甲一一九、一三五は、本件よりかなり後の記事であるし、甲一三四も、シスオペを本業とする者が出始めたというだけの雑誌記事であって、右認定に反するものとはいえない。)。
 また、シスオペは、サブ・システム・オペレーター(以下「サブシス」という。)等の運営協力者(運営スタッフ)を自己の権限で選任し、フォーラムの運営・管理を補佐させることができるものとされている。
 そして、フォーラム運営契約に基づき、被告ニフティは、シスオペに対し、「フォーラム運営マニュアル」を交付しており、同マニュアルには、シスオペの権限と責任、フォーラムの企画と育成、フォーラム関係のトラブル対応等について詳細な教示がなされていた。しかも、同マニュアルは第7章に「情報の削除に関する法律問題」という項を設け、表現の自由に関する一般的説明を行い、表現の自由においても名誉毀損、わいせつ文書、誇大広告などは法律上規制がされており「表現の自由」といってもその行き過ぎについては制限がかかっていること、「表現の自由」は基本的には国と国民という関係で問題になるものであり、国民同士、民間人同士では問題は異なっていることを説明しているほか、ニフティサーブの会員規約一四条に基づき発言を通知なしに削除できる場合を掲げ、「<1>明らかに公序良俗に反する、あるいは、個人(または団体)を誹謗中傷していると思われるもの。<2> 明らかに商行為あるいは営利を目的としていると思われるもの。<3> 会議の流れを全く無視し、参加者にとって迷惑だと思われるもの。」のうち、「客観的にみて、明らかに<1><2>に該当すると思われるものは、シスオペの判断で即座に削除して構わないでしょう。そして、発言した会員に対しても理由を述べて削除した旨電子メールで連絡することが肝要です。合わせて、その経過と処理内容をニフティに連絡していただければ、万が一発言者(登録者)からのクレームが発生したとしても、ニフティがフォローするようにいたします。」との言及がなされている。
 なお、本件フォーラムにおいては、シスオペや、本件フォーラムの運営スタッフが討議する場として、これらの者のみがアクセスすることができる電子会議室(二〇番会議室。以下「運営会議室」という。)が設置されている。

 2 本件各発言が行われるに至った経緯
 (一) 原告は、翻訳をフリーランスで請け負って生計を立てていたが、平成元年四月ころ、パソコン通信を利用して翻訳した文書を納入すること及び翻訳者の横のつながりを作ることを考え、ニフティサーブに加入した。そして平成二年九月ころ、本件フォーラムに「フェミニズム会議室」が設置されたことを知り、本件フォーラムに参加するようになった。原告は、平成六年の春に至るまで、断続的ではあるものの長期にわたって、本件フォーラムの特にフェミニズム会議室に活発に書き込みを続けてきた。そして、平成五年一二月には、当時のシスオペである坂本旬からリアルタイム会議室(RT)における常駐要員として、課金免除資格(フリーフラッグ)の資格を付与され、一般の会員のアクセスを許されない運営会議室にも参加を認められるようになっていた。
 (二) 被告乙山は、山口県乙原市に在住し、地元や関西の私立大学で非常勤講師として英語を教えたりなどしている者であるが、妻がニフティサーブに入会していたことから妻のIDを利用してフォーラムに参加するようになり、平成五年四月、本件フォーラムに入会した。そして本件フォーラムのフェミニズム会議室の過去の発言を読んでいるうちに原告であるCookie会員らの発言に反発を感じ、同年五月五日からフェミニズム会議室においてフェミニズムを揶揄する発言を書き込んだ。原告は、被告乙山の右のような発言に不快の念を持っていた。
 (三) 同月七日、被告乙山がフェミニズム会議室の定例RT会議に参加したところ、原告はその際その場に参加していた他の会員一〇名ほどに連絡して一斉にスクランブル機能を用いて別の場で話をするよう勧誘し、事実上被告乙山を同会議室から排除してしまった。被告乙山はこれに対し憤りを感じた。そしてこの事件は他の一般会員からも批判を受けることとなった。
 (四) 同月一〇日ころ、当時のシスオペである丁田は右のような事態に対処すべく、被告乙山に対し、電子メールにより被告乙山の個人情報を質問したところ、被告乙山は電子メールによりかつて「ニューズウィーク」で編集者をやっていた旨の返信を行った。ところが丁田は、右の返信を「絶対に他言禁止です。」と付記した上、電子メールにより原告に送付した。原告は、右の情報に基づきニューズウィーク日本版の現編集長に事情を聞くなどしてさらに被告乙山の人物調査を行った。また丁田は同月一三日、被告乙山と電話により話をし、被告乙山の本名が乙春夫であり韓国籍であることなども聞き出し、これを原告に連絡した。
 (五) ところが、同月二一日、フェミニズム会議室の定例RT会議において、原告は、被告乙山に対し、「あのさ、OTUさんて、NEWSWEEKにいたことない?日本版のほうね」と質問した。原告の話の持ち出し方は「噂を聞いたことがあるから」という形のものであったが、被告乙山は、シスオペである丁田に話した内容が原告に漏れていることを察知し、原告に対する不信感を一層強めるに至った。そして、同月二五日、被告乙山は、丁田が同被告のプライバシーに属する問題を原告に漏らしたことを告発する旨の発言を同フォーラムに掲載した。
 (六) 同年一一月一七日、原告は、本件フォーラムから撤退することとした。そして、従前からの仲間とともに本件フォーラムとは別のフォーラムである「生涯学習フォーラム」においてフォーラム中のフォーラムとして「フェミニスト・フォーラム」を設立することを決め、本件フォーラムにその旨掲示した。

 3 被告乙山による本件各発言
 (一) 右のような経緯から原告は本件フォーラムにあまりアクセスすることはなくなったが、被告乙山は、本件フォーラムに、同年一一月二九日から平成六年三月二七日にかけて、別紙発言一覧表(一)ないし(四)の各「年月日」欄記載の時期に、これらに対応する「名誉毀損部分」欄記載のような文章を含む発言(なお、個々の発言に対応する発言番号は、右各一覧表の各「発言番号」欄記載のとおり。)を書き込んだ。なお、同一覧表(一)記載の発言は六番会議室に、同一覧表(二)記載の発言は七番会議室に、同一覧表(三)記載の発言は八番会議室に、同一覧表(四)記載の発言は一〇番会議室に、それぞれ書き込まれたものである。
 (二) なお、被告乙山は、同年一二月一九日晩から二〇日明け方にかけて、「Mother Fucker」のハンドル名によりフェミニスト・フォーラム会議室に「COOKIEの場合は単純で、あの女は弱いのではなく、弱いふりして、根性がひんまがっているからです。あれでは離婚になるでしょう。」といった原告個人を誹謗中傷する別紙発言一覧表(二)記載の符号8と同様な文章を一一回にわたり掲載した。しかし右文章は、生涯学習フォーラムのシスオペにより削除され、同シスオペは被告乙山がフェミニスト・フォーラム会議室にアクセスできなくする措置をとったため、その後は発言削除がされない本件フォーラムにおいて専ら発言していた。

 4 本件各発言と本件訴訟に至るまでの経緯
 (一) 被告丙川は、本件フォーラムの前シスオペである丁田旬から、同人の後任としてシスオペに就任するよう要請を受け、平成五年一〇月初めころから、サブシスとして、本件フォーラムの運営にかかわるようになった。そして、平成五年一一月ころ、本件フォーラムのシスオペに就任した。
 (二) 右当時、本件フォーラムには、他人を罵倒するような内容の発言が繰り返し書き込まれ、それまで、本件フォーラムにアクセスをしていた会員が、アクセスをやめてしまうといった事態が相次いでいた。そこで、被告丙川は、右のような本件フォーラムの状況を根本的に改善することが必要であると考え、過去に本件フォーラムの電子会議室等に書き込まれた発言の内容を検討した。その結果、本件フォーラムでは、特に平成五年五月以降、シスオペ等によって多くの発言が問題ありとして削除されていたが、発言を削除された者が、同様の発言を繰り返し書き込むなどしたため、結果として、右のような発言は減少しなかったこと、フォーラム会員が従前の運営スタッフに対して不信感を持っていたことなどがみてとれた。このようなことから、被告丙川は、本件フォーラムの右のような状況を根本的に改善するためには、発言削除はできるだけ避け、公開の場で議論を積み重ねることによって会員の意識を変え、発言の質を高めることが重要であると考え、これに沿ったフォーラム運営をすることとした。
 (三) その後、右3のとおり、被告乙山による本件各発言の書き込みが始まった。本件各発言のうち、<1> 別紙発言一覧表(二)記載の符号8、9の各発言についてはこれらが書き込まれた当日に、同一覧表(二)記載の符号11の発言については、これが書き込まれた翌日に、運営会議室において、本件フォーラムの運営スタッフから、発言番号等を特定したうえ、これらの発言は名誉毀損・プライバシーの侵害で脅迫ではないかとの指摘がされ、<2> また、同一覧表(二)記載の符号8の発言については、会員から、右発言が書き込まれた四日後の平成五年一二月二二日に、「このフォーラムではこのような個人的怨恨にみちた攻撃も言論の自由として認めるのですか? Niftyの規約にも束縛されない無法地帯なのですか?」「これらの発言を掲載したまま、何の行動も起こさないフォーラムの運営諸氏のお考えをおうかがいしたい。」といった指摘がされている。
 (四) 被告丙川は、同一覧表(二)記載の符号3、8の各発言については、これらが書き込まれた当日に、同一覧表(一)記載の符号1、同一覧表(二)記載の符号5及び11の各発言については、これらが書き込まれた翌日に、これらの各発言の問題点を指摘する発言を、被告乙山を名宛人とするかたちをとって、本件フォーラムの七番会議室に書き込んだが、右(二)のような考え方から右各発言を積極的に削除することはせず、敢えて放置した。
 (五) さらに、被告丙川は、平成五年一二月二九日、右(三)<2>の指摘を行った会員に対し、被告乙山の発言は誹謗中傷を含むものであると考えているし、会員規約一四条にも違反するものであると考えているが、被告乙山の発言は論争により解決されるべきであるからそのまま放置する旨の発言を七番会議室に掲載した。
 (六) 同月二九日、原告は、被告ニフティのセンター窓口及び同被告の中村取締役あてに、本件フォーラムの六番及び七番会議室に原告に対する誹謗中傷が書き込まれているとの情報を得たので対処されたい旨の電子メール(具体的な発言の指摘がないもの。)を送信した。
 (七) 平成六年一月四日、被告ニフティの担当者である小泉秀代(以下「小泉」という。)は、電子メールを用いて、原告に対し、フォーラムの運営は基本的にシスオペに一任しているので、直接発言者に対応するか、まずシスオペに相談するようにとの回答を行うとともに、被告丙川に対しても、右のような経緯を連絡し、対応を要請した。
 (八) 同月六日、原告から、被告丙川及び小泉に対し、原告を誹謗中傷する発言として別紙発言一覧表(二)記載の符号6ないし11の各発言につき、発言番号等を指摘したうえ、これらは原告に対する誹謗中傷であるので対処を求める旨の電子メールが送信された。これを受けて、被告丙川は、運営委員会に、右各発言の取り扱いを付議した。
 (九) 同月九日、被告丙川は、原告に対し、本件フォーラムの運営委員会における議論をふまえて、(1) まず、原告に発言を読んでもらい、どの部分に名誉毀損にあたるか指摘を受けたうえ、(2) 右(1)で指摘された発言の違法性について被告ニフティの判断を仰ぎ、削除が妥当ということになれば、当該文章を削除する、(3) 発言削除の際は「原告からの訴えがあり、被告ニフティと厳密な法的検討をした結果違法性のある発言と認め削除する」旨の理由を付記するとの処理案を、電子メールにより提示したが、同月一〇日、原告は、被告ニフティに対し、右のような対応は受け入れられない旨の電子メールを送信した。その後、同月一四日、小泉は、原告に対し、電子メールによって、右のような被告丙川の案にしたがって、本件フォーラムの書き込みに目を通してもらいたい旨の申入れをするとともに、具体的に指摘された発言については削除される可能性が高い旨の指摘をした。
 (一〇) 同月一六日、原告は、被告丙川及び小泉に対し、誹謗中傷の発言者は原告の勤務先まで知っており、しかも発言内容から原告を脅迫しているのであるから当面、原告の氏名(ハンドル名を含む)を出して発言の削除をすることはしないようにとの電子メールを送信した。これに対し、被告丙川は、同月一八日、原告に対し、右電子メールの趣旨がそもそも発言の削除はしない方がよいということなのか、削除はして欲しいが名前を出すなということなのかを確認するため、自分に電話を入れて欲しい旨の電子メールを送信した。
 (一一) 同月二〇日、原告と被告丙川は、約一時間にわたって、電話で本件各発言に対する対応について話合いをした。その結果、被告丙川は、最終的には、発言削除にあたって、原告から要請があったことを積極的に付記することはしないことについては了承したが、原告に対し、会員から、原告からの要請があったかどうかについて質問があれば、原告からの要請はなかったという説明をするとの約束はできない旨の説明も併せて行った。これに対し、原告は、信頼できる人に相談するので、その結論が出るまで発言削除は待って欲しい旨の回答をした。
 (一二) その後、原告から被告ニフティ及び被告丙川に対して具体的な接触はなく、被告ニフティ及び同丙川も、右(八)で原告から指摘された被告乙山の発言に対して特に対処はしなかったが、平成六年二月一五日になって、原告代理人から、被告ニフティ及び被告丙川に対し、原告の名誉を毀損する発言の削除、被告乙山の住所・氏名の開示等を要求する書面が送付された。被告丙川は、右のような要求を受け、右同日、本件各発言のうち、右書面で指摘されていたもの(発言一覧表(二)記載の符号6ないし11)について、本件フォーラムの七番会議室から削除する措置をとった。
 (一三) 平成六年三月一一日、原告代理人は、被告ニフティに対し、被告乙山の住所・氏名の開示等を書面をもって要求した。被告ニフティは、同月一七日、被告乙山に対して、今後、誹謗中傷発言があった場合には、会員資格の剥奪もあり得る旨、電子メールをもって警告するとともに、同月一八日、原告代理人に対し、右(一二)の書面に対する回答を行った。右回答の中で、被告ニフティは、被告乙山の住所・氏名の開示については、電気通信事業法一〇四条に違反するおそれが極めて高いことなどを理由に、これを拒絶した。

 5 原告は、平成六年四月二一日、東京地方裁判所に本訴を提起し、被告丙川に対しては同月三〇日に、被告ニフティに対しては平成六年五月二日に、それぞれ訴状副本の送達がされた(記録上明らかな事実)。そして、被告丙川及び被告ニフティは、それぞれの代理人を交え、原告から、訴状において初めて指摘を受けた発言(本件各発言のうち、右4(一二)で削除した以外のもの)に対する対応を協議し、平成六年五月二五日(本件第一回口頭弁論期日当日)、被告丙川は、これらの発言を本件フォーラムの電子会議室の登録から外し、同被告がフロッピーに保管する措置をとった。

 二 本訴関係の争点(右第二の二1)について
 1 争点1(一)(本件各発言が原告の名誉を毀損し、不法行為となるか否か。)について
 (一) 被告乙山が、本件フォーラムの電子会議室に本件各発言を書き込んだことは当事者間に争いがないところ、これらの発言がいずれも原告に向けられていることは、その内容に照らし明らかである。そして、これらの発言は、いずれも激烈であり、また、原告を必要以上に揶揄したり、極めて侮蔑的ともいうべき表現が繰り返し用いられるなど、その表現内容は、いずれも原告に対する個人攻撃的な色彩が強く、原告の社会的名誉を低下させるに十分なものというべきである。
 (二) 被告乙山は、原告が本件フォーラムの運営協力者として公的な立場にあり、本件各発言はこうした公的な立場にある人間に対する正当な批判である、あるいは、「フェミニズム」「フェミニスト」に対する思想的な批判を目的としたものである旨主張するが、本件各発言は、明らかに個人を誹謗中傷する内容であることは明らかであり、被告乙山の本件各発言の意図ないし目的が所論のとおりであるとしても、これが原告に対する正当な批判あるいは思想的な批判ないし論争として是認し得る範囲を逸脱するものといわざるを得ない。
 (三) また、被告乙山は、原告が本件フォーラムに「部落は怖い。」「朝鮮は怖い。」との書き込みをしたのでこれに対する抗議反論をした旨主張するが、原告が右のような発言を行ったことを認めるに足りる証拠はない。
 (四) なお、被告乙山及び同丙川は、ニフティサーブにおいては、匿名性が確保されており、本件各発言によって原告の社会的評価が低下したといえるかは疑問であると主張する。
 しかしながら、右一1(三)(1)のとおり、電子会議室に書き込まれた発言は、多数の会員がこれを読むことができるという意味において公然性を有するというべきところ、(1) 被告乙山は、これらの発言中において、繰り返し「Cookie」が原告であることを、人物の特定にとって最も重要な要素というべき原告の本名を示して明らかにしていること、(2) 被告ニフティ発行の会員情報誌である「ONLINE TODAYJAPAN」の平成五年九月号には、「Cookie」が原告であることが、原告の本名を示して明らかにされていたこと、(3) 原告は、ニフティサーブ上で、職業及び訳書名を公開していたことに照らすと、本件各発言が書き込まれた当時、「Cookie」とのハンドル名を用いている者は、原告であるという事実を多数の会員が認識し得る状態にあったものということができる。したがって、本件においては、原告に関して匿名性が確保されているとはいえないから、本件各発言によって、原告の名誉は毀損されたものというべきであって、右被告らの主張は、採用することはできない。また、本件各発言によって名誉毀損による不法行為は成立しない旨の、被告乙山及び同丙川のその余の主張についても、採用することができない。
 (五) したがって、本件フォーラムの電子会議室に本件各発言を書き込んだ被告乙山の行為は、原告に対する不法行為にあたるというべきである。
 2 争点1(二)(被告丙川の責任原因)について
 (一) 原告の主張は、被告丙川の不作為による不法行為をいうものであるところ、不作為による不法行為が成立するためには、その要件として、{1} 結果回避のため必要な行為を行うべき法律上の作為義務を負う者が、{2} 故意・過失により、右{1}で要求されている必要な行為を行わず、{3} その結果、損害が発生したことが必要とされるというべきである(最高裁昭和六〇年(オ)第三二二号同六二年一月二二日第一小法廷判決・民集四一巻一号一七頁参照)。
 (二) そこで、右(一)にいう作為義務が被告丙川にあるかどうかを検討する。
 (1) 前示事実によれば、以下の点が認められる。すなわち、
 <1> シスオペは、被告ニフティとの間で締結されたフォーラム運営契約により、同被告から、特定のフォーラムの運営・管理を委託され、その対価として報酬を受領している者であるところ、他人を誹謗中傷するような内容の発言が書き込まれた場合の対処も、フォーラムの運営・管理の一部にほかならないというべきこと、
 <2> シスオペにおいては、当該フォーラムに他人の名誉を毀損するような内容の発言が書き込まれた場合には、これを削除するなどして、その有線送信を停止する措置をとることができ、これらの措置をとれば、それ以後は、当該発言自体が他の会員の目に触れることはなくなること、
 <3> その反面、当該発言によって名誉を毀損された者には、右のような内容の発言が多数の会員によって読まれてしまう事態を避けるため、自ら行い得る具体的な手段は何ら与えられていないこと、
 <4> フォーラムの運営・管理に関して、シスオペの拠り所となるものとしては、会員規約(本件当時のものは乙四)及び運営マニュアル(丙二)があるが、会員規約には、他人を誹謗中傷し、あるいはそのおそれがある発言が書き込まれた場合には、右発言が削除されることがある旨の規定があり、運営マニュアルにも、右のような発言が書き込まれた場合の対処に関する記載があること、
 そして、これらの事情に照らすと、フォーラムに他人の名誉を毀損するような発言が書き込まれた場合、当該フォーラムのシスオペにおいて積極的な作為をしなければ、右発言が向けられている者に対し、何ら法的責任を負うことはないと解することは相当でなく、シスオペが、右(一)にいう条理に照らし、一定の法律上の作為義務を負うべき場面もあるというべきである。
 この点、被告丙川及び同ニフティは、シスオペに法律上の作為義務はない旨主張する。確かに、ニフティサーブには本訴提起時点で三〇〇に上るフォーラムが存在し、テーマ、会員層等によって、それぞれ異なった個性を有するのであるが、これらを円滑に運営・管理するためには、各フォーラムの個性に応じ、異なった配慮も必要とされるというべきこと、フォーラムの個性を最も熟知しているのは当該フォーラムのシスオペであると解されること、フォーラム運営契約(丙一)及び運営マニュアル(丙二)の記載内容に照らすと、ニフティサーブにおいては、フォーラムの運営・管理は、基本的にはシスオペの合理的な裁量を委ねられているものと解されるが、右裁量も、私法秩序に反しない限りにおいて認められることは当然であるから、シスオペにつき、条理上の作為義務の存在を一切否定する根拠となるものではない。また、その他、シスオペについて法律上の作為義務を否定する同被告らの主張は、前示<1>ないし<4>の事情に照らし、採用することができない。
 (2) 一方、前示事実に《証拠略》を併せると、<1> フォーラムや電子会議室においては、そこに書き込まれる発言の内容をシスオペが事前にチェックすることはできないこと(この点が、新聞、雑誌等の編集作業に携わる者とは根本的に異なるところである。)、<2> 本件各発言がされた当時、ニフティサーブにおいては、被告丙川を含むシスオペの多くが、シスオペとしての業務を専門に行っているわけではなく、他に本業を有し、空いている時間をシスオペとしての活動にあてている者であったこと、<3> シスオペが行うべき業務の内容は、フォーラムの運営・管理全般に及ぶうえ、一つのフォーラム全体に一日あたり書き込まれる発言は膨大な数にのぼることが認められ、この事実からすると、シスオペにおいて、自己の運営・管理するフォーラムに書き込まれた個々の発言の内容を、これが書き込まれる都度全てチェックし、その問題点をもれなく検討することも、通常の場合は極めて困難であると解されること(なお、前示のとおり、シスオペは運営協力者を選任することができるが、右<2>のような実情に照らすと、全てのシスオペに対し、書き込まれた発言の全てを、常時チェックするために必要な人員を確保することを要求するのは酷に失するというべきである。)に照らすと、シスオペに対し、条理に基づいて、その運営・管理するフォーラムに書き込まれる発言の内容を常時監視し、積極的に右のような発言がないかを探知したり、全ての発言の問題性を検討したりというような重い作為義務を負わせるのは、相当でない。
 (3) また、シスオペは、フォーラムを円滑に運営・管理し、もって、当該フォーラムを利用する権限のある会員に対し、十分にフォーラムを利用させることをその重要な責務とするから、自己の行為により、フォーラムの円滑な運営・管理や、会員のフォーラムを利用する権利が、不当に害されないかを常に考慮する必要があるというべきところ、発言削除等の措置は、会員のフォーラムを利用する権利に重大な影響を与えるものであり、当該フォーラムの個性を無視した対応をすれば、フォーラムの円滑な運営・管理を害し、ひいては、会員に、十分にフォーラムを利用させることができない状況に陥ってしまうこともあり得る。また、当該発言の内容によっては、名誉毀損にあたるか否かの判断が困難な場合も少なくないというべきである。このような事情に照らすと、名誉毀損的な発言がフォーラムに書き込まれた場合、シスオペは、右(1)のような作為義務と右のような責務との間で、板挟みのような状況に置かれたうえ、困難な判断を迫られるような場面もあり得る。したがって、右のようなシスオペの地位、当該発言の内容、当該フォーラムの個性(テーマ、会員層、ローカルルール等)等の事情も考慮する必要がある。
 (4) 以上のような事情を勘案すると、少なくともシスオペにおいて、その運営・管理するフォーラムに、他人の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認められる場合には、当該シスオペには、その地位と権限に照らし、その者の名誉が不当に害されることがないよう必要な措置をとるべき条理上の作為義務があったと解するべきである。
 (三) そこで、被告丙川が、本件各発言の存在を具体的に知ったと認められる時期と内容について検討する。
 (1) 前示事実によると、被告丙川は、本件各発言のうち、<1> 別紙発言一覧表(二)記載の符号8、9の各発言についてはこれらが書き込まれた当日に、同一覧表(二)記載の符号11の発言については、これが書き込まれた翌日に、運営会議室において、本件フォーラムの運営スタッフから、発言番号等を特定したうえ、これらの発言については問題があるのではないかとの指摘を受けたこと、<2> また、同一覧表(二)記載の符号8の発言については、会員から、右発言が書き込まれた四日後の平成五年一二月二二日に、右発言は中傷及び脅迫であり、本件フォーラムではこのような発言を放置するのかとの指摘がされたこと、<3> 被告丙川は、同一覧表(二)記載の符号3、8の各発言については、これらが書き込まれた当日に、同一覧表(一)記載の符号1、同一覧表(二)記載の符号5及び11の各発言については、これらが書き込まれた翌日に、これらの各発言の問題点を指摘する発言を、被告乙山を名宛人とするかたちをとって、本件フォーラムの七番会議室に書込みを行い、さらに、右<2>の指摘に対しては、平成五年一二月二四日、当該発言は、原告が過去に行った行為に対する抗議の意味もあるから、これのみを問題とするわけにはいかない旨の説明をしたことが認められる。
 また、原告が、平成六年一月六日、被告丙川に対し、同一覧表(二)記載の符号6ないし11の各発言につき、発言番号等を指摘したうえ、これらは原告に対する誹謗中傷であるので対処されたい旨の電子メールを送信したこと、平成六年四月二一日に本訴を提起し、その訴状は、同月三〇日に被告丙川に送達されたことは、右一5において認定したとおりである。
 (2) そして、右認定事実によると、被告丙川は、<1> 別紙発言一覧表(二)記載の符号3、8、9については、これらが書き込まれた当日(右各発言に対応する同一覧表(二)の「年月日」欄記載の日)、同一覧表(一)記載の符号1、同一覧表(二)の符号5、11については、これらが書き込まれた翌日(右各発言に対応する同一覧表(一)又は(二)の「年月日」欄記載の日の翌日)の各時点で、<2> 同一覧表(二)記載の符号6、7及び10については、平成六年一月六日の時点で、<3> 右<1>及び<2>以外の発言については、本件訴状副本送達の日である平成六年四月三〇日の時点までに、それぞれ、本件フォーラムに原告の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったものと認められる。
 (3) なお、被告丙川和敬本人は、「本件各発言が書き込まれた当時、勤務先から大幅に仕事を軽減されており、本件フォーラムの運営・管理のため、職場に出勤する日は一日あたり五、六回、出勤しない日は一〇回以上、本件フォーラムにアクセスし、平均して一日あたり約八時間を本件フォーラムのために費やしていた。また、本件フォーラムの電子会議室における発言は全てダウンロードし、会議室によっては流し読みをしたり、丁寧に読んだりという差はあったものの、目を通しており、注目している議論については、大体フォローできている状況にあった。」などと供述しているが、右供述のみでは、被告丙川が、右(2)の<2>及び<3>記載の各発言について、右(2)の認定より早い時点で、本件フォーラムに原告の名誉を毀損する発言が書き込まれていることを具体的に知ったと認めることはできない。
 (四) 次に、被告丙川が、シスオペの地位と権限に照らし必要な措置をとったといえるかどうかについて検討する。
 (1) 別紙発言一覧表(一)記載の符号1、同一覧表(二)記載の符号3、5、8、9、11に対する対応について
 <1> 右一4(三)(四)において認定したように、被告丙川は、別紙発言一覧表(一)記載の符号1、同一覧表(二)記載の符号3、5、8、9、11についてはその発言後まもなく運営委員ないし会員から問題点の指摘を受け、又は同被告自ら被告乙山に対しその発言に注意を与えるなどして右各発言の存在及び内容を知っており、かつ、右一4(五)によれば、被告丙川は、右発言中に誹謗中傷を含むものがあり、かつ、ニフティ会員規約一四条にも違反するものであると認識しつつ、右発言は討論により改められるべきであると考えながら敢えてこれを削除せずにこれを放置したものである。
 <2> そこで右措置の当否について考えると、原告に対する名誉毀損発言は、これがフォーラム内で批判されたからといってその発言内容そのものの違法性が減殺されるものではないし、本件フォーラムの特色が自由な議論にあり本件各発言に反論を行い得ることをもってその違法性に消長を来すものとはいえない。しかも、原告が自ら被告乙山の発言を削除することはシスオペの職責上、パソコン通信の制度上不可能であるから、被告丙川としては、当該発言を削除し、あるいはこれに向けた積極的な措置を講じるべきであったというべきである。ところが、被告丙川は、右<1>のとおり、原告から電子メール又は訴状によってこれらの発言の削除を求められるまで、右のような状況を解消するため、何ら積極的な措置をとらず、被告乙山に単に本件フォーラム上で注意をしただけで後記(2)の措置をとるまで一か月余りにわたりこれを敢えて放置したのであるから、被告丙川は、この間右(二)(4)にいう必要な措置を執るべき義務を怠ったというべきである。
 この点、被告丙川及び被告ニフティは、原告からの指摘がない段階では被告丙川に作為可能性はない旨主張するが、右1(一)のとおり、右各発言については、原告に対する正当な批判の域を明らかに逸脱した個人に対する誹謗中傷であり、被告丙川はこの発言を具体的に認識していたという状況に照らすと、右主張を採用することはできない。
 また、被告丙川は、発言を削除しても再び同趣旨の発言を掲載したり、ID削除という措置をとっても再度別のIDを取得して同様な発言をすることが可能だから、このような措置は効果がない旨の主張をするが、問題発言は、これが削除されない限り、当該発言による名誉毀損状態が解消することはあり得ないのであるから、被告丙川の右主張も理由がない。
 (2) 発言一覧表(二)記載の符号6、7、10に対する対応について
 <1> これらの発言について、被告丙川がその発言の存在を具体的に知ったと認められる平成六年一月六日以降に被告丙川のとった措置は、右一4(八)ないし(一二)のとおりである。
 <2> まず、被告丙川が、{1} 原告から指摘された発言について、その取り扱いを運営委員会に付議したこと、{2} 同月九日に、原告に対し、発言削除に際しては、「原告からの訴えがあり、被告ニフティと厳密な法的検討をした結果違法性のある発言と認め削除する」旨付記するとの提案をしたこと、{3} 右{2}の提案が原告によって拒絶された後、被告丙川が原告と接触し、平成六年一月二〇日に電話で話合いを行ったことについては、右(二)(3)のようなシスオペの立場、右一4(二)のような当時の本件フォーラムの状況に照らすと、原告の利益の保護と本件フォーラムの円滑な運営・管理という二つの要請を調和させるという観点からは是認し得なくもない対応であったというべきであるから、これらの点については、被告丙川において、必要な措置をとったものと評価できる。
 <3> また、右一4(一〇)のとおり、右<2>{3}の話合いの際、原告から、「信頼できる人に相談するので、その結論が出るまで発言削除は待って欲しい」旨の回答がされている以上、被告丙川においては、原告から再び接触があるまでの間は、これらの発言について積極的な対応は期待できないというべきである。そして、被告丙川は、右二4(一二)のとおり、原告代理人からの発言削除を求める書面を受領後、直ちにこれらの発言を削除する措置を行っているものであるから、この点についても、被告丙川は必要な措置をとったものと評価できる。
 この点、原告は、被告丙川が、原告から要請があったことは明らかにしないことを確約しなかったため、発言削除を待つよう要請せざるを得なかった旨主張するが、右(二)(3)のようなシスオペの立場を考慮すると、右一4(一〇)のような被告丙川の対応を非難することはできないというべきである。
 (3) 本件各発言のうち、右(1)及び(2)の発言を除くものに対する対応について
 これらの発言について、被告丙川がその発言の存在を具体的に知ったと認められる平成六年四月三〇日以降の被告丙川の対応は右一5のとおりであるところ、右各発言について本件フォーラムの電子会議室の登録から外す措置をとったことが妥当であることは明らかである。また、この時点においては、被告丙川は、原告から訴えを提起され、訴訟の「被告」という立場に置かれるに至った以上、被告ニフティや、各訴訟代理人などと綿密な打ち合わせをしたうえ、具体的な対応を決定せざるを得ないものというべきであるから、被告丙川において、訴状の送達を受けてから、右各発言を本件フォーラムの電子会議室の登録から実際に外す措置をとるまでの間に、本件程度の時間的間隔があることをもって、被告丙川を非難することはできないものというべきである。したがって、右各発言については、被告丙川は、右(二)(4)にいう必要な措置をとったものというべきである。
 (五) まとめ
 以上のとおりであるから、別紙発言一覧表(一)記載の符号1、同一覧表(二)記載の符号3、5、8、9、11の各発言に対する対応については、被告丙川には作為義務違反があることになる。そして、作為義務違反が認められれば、少なくとも同被告に過失があったことが事実上推認されるものというべきところ、本件全証拠によっても、右推認を妨げるべき事情は認められないというべきであるから、右各発言に関しては、被告丙川にも原告に対する不法行為が成立するものというべきである。

 3 争点1(三)(1)(被告ニフティの責任原因・使用者責任について)
 (一) 被告ニフティとシスオペである被告丙川とのフォーラム運営契約(丙一)においては、(1) シスオペは、<1> 被告ニフティの別途定める規約、マニュアル等に従うほか、被告ニフティの指示に従う(一条二項)、<2> フォーラムの運営に関しては関係する法令、被告ニフティの規約、指示等に従う(六条四項)とされ、シスオペがフォーラム運営契約に違反したときには、被告ニフティは、フォーラム運営契約を無催告で解約することができるとされていること(一二条)、(2) シスオペが選任した運営協力者については、被告ニフティが不適切と判断したときは、同被告は、これを解任することができるものとされていること(五条)が認められ、このことに照らすと、被告ニフティとシスオペである被告丙川との間には、使用者責任の基礎となるべき、実質的な指揮監督関係は優に認められる。
 (二) そして、右のような被告丙川の行為が、被告ニフティの事業の執行に関して行われたことは明らかである。したがって、被告ニフティは、原告に対し、使用者責任に基づき、被告丙川の右2の不法行為によって原告が被った損害を賠償する責任がある。
 (三) なお、争点1(三)(2)(被告ニフティの責任原因・債務不履行〔安全配慮義務違反〕)については、右一1(二)(3)のような会員契約の主旨に照らすと、被告ニフティには、原告主張のような安全配慮義務がないことは明らかであるから、原告の同被告に対する債務不履行に基づく損害賠償請求は理由がないというべきである。

 4 争点1(四)(損害額及び謝罪広告掲載の要否)について
 (一) 右1のような本件各発言の内容、右各発言が本件フォーラムに書き込まれた期間、会員が本件各発言を読むことが可能であった期間、本件フォーラムの会員数(被告丙川がシスオペに就任した当時六〇〇〇人程度)は、本件当時、アクセスが少ない状態であったこと、その他、本件に関する諸事情に照らすと、被告乙山が、原告に支払うべき慰謝料の額としては五〇万円が相当であるが(本件各発言によって原告が精神的損害を受けていないとの被告乙山の主張は、到底採用することができない。)、原告の損害を回復するための謝罪広告はその必要性は認めない。
 (二) また、右(一)のような事情に加え、被告丙川は、自ら原告の名誉を毀損する発言を書き込んだわけではないこと、作為義務違反が認められるのも本件各発言の一部に止まることに照らすと、被告丙川及び同ニフティが、原告に支払うべき慰謝料の額としてはそのうち一〇万円が相当である。
 (三) なお、右(二)の被告丙川及び同ニフティの損害賠償義務全額と、右(一)の被告乙山の損害賠償義務のうち一〇万円については、原告に生じた同一の損害を填補するものというべきであるから、両者は不真正連帯の関係に立つものというべきである。

 5 まとめ
 以上のとおりであるから、原告の本訴請求は、(一) 被告ら各自に対して、一〇万円の、(二) 被告乙山に対して、さらに四〇万円の損害賠償を求める限度で理由があるというべきである。

 三 反訴関係の争点(右第二の二2)について
 1 争点2(一)(スクランブル事件が、被告乙山の名誉を毀損し、不法行為となるか否か。)について
 (一) 原告が、被告乙山のリアルタイム会議室参加の際、スクランブル機能を用いて事実上被告乙山を排除したことは右一2(三)において認定したとおりである。
 (二) いわゆる村八分は、継続して特定人をある集団や生活共同体等から排除するものであって、排除された者の社会生活に深刻な悪影響を与えるものである。これに対し、本件におけるスクランブル事件は、原告が、ニフティサーブにおいて、会員が用いることを許されているスクランブル機能を用い、ただ一度、一時的にRT会議室から離脱したにとどまるものであり、原告のとった右措置についてのRT常駐要員としての相当性の問題は別としても、被告乙山の社会生活に重大な影響を与えたものということはできないから、法的に、いわゆる村八分と同視するほどの違法性が存すると認めることはできない。

 2 争点2(二)(原告が、被告乙山のプライバシー権を侵害する発言を行ったか否か。)について
 (一) この点について、平成五年五月二一日に行われたRT会議室の記録によると、原告は、被告乙山に「以前ニューズウィークに勤務していたことはないか」と質問し、被告乙山がこれを肯定している会話があることを認めることができる。しかしながら、右の記録中には、これを越えて原告が「被告乙山が職場でトラブルを起こした」旨の発言があったことを認めることはできず、「以前ニューズウィークに勤務していたことはないか」と質問した以上に被告乙山のプライバシーを侵害したと認めることはできない。
 なお、丁二の2には、ハンドル名TSこと須藤徹が、五月中旬ころの本件会議室のリアルタイム会議室において、原告と被告乙山が参加していた場において、被告乙山がトラブルを起こしたとの話題が原告から出たことがある旨の記載がみられるが、右の回答者の記憶にはあいまいな点があり、右書証の記載に全幅の信頼を置くことができるかについては疑念が残り、これを裏付ける客観的資料が証拠として提出されているわけではないことに照らすと、右証拠は採用できない。
 (二) したがって、この点に関する被告乙山の主張も理由がない。

 3 よって、争点2(三)について判断するまでもなく、被告乙山の原告に対する反訴請求は理由がないことになる。

 第五 結論

 以上の次第であって、(一) 原告の本訴請求は、(1) 被告ら各自に対して一〇万円、被告乙山に対してさらに四〇万円及び右各金員に対する本判決言渡の日の翌日である平成九年五月二七日から支払ずみまで民法所定年五分の割合による遅延損害金の支払を求める限りにおいて理由があるからこれを認容し、(2) その余の請求はいずれも理由がないからこれを棄却し、(二) 被告乙山の反訴請求は、いずれも理由がないからこれを棄却し、(三) 訴訟費用の負担につき民訴法八九条、九二条、九三条但書、仮執行の宣言につき同法一九六条一項に従い、主文のとおり判決する。

 東京地方裁判所民事第一三部

裁判長裁判官 園部秀穂

裁判官 鬼沢友直

 裁判官 田中一彦は、差支えのため署名捺印することができない。

裁判長裁判官 園部秀穂

 

 注 意

本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

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