7 サイバー犯罪

 

こうした背景もあって、2000年に開催された沖縄サミットでは、電子ネットワークを主要対象とした「サイバー犯罪」(cyber-crime)という新たな言葉が、従来の「ハイテク犯罪」と並んで使用されるようになった。

すなわち、沖縄サミットのコミュニケの44番では、「我々は、世界的な情報社会における安全と信頼性を著しく脅かし得るサイバー犯罪などのハイテク犯罪に対し、協調したアプローチをとらなければならない。我々のアプローチは、グローバルな情報社会に関する沖縄憲章に述べられている。これを進めるため、我々は、10月の合同ベルリン会合を含め、産業界との対話を推進する。我々は、パリでのサイバー空間における安全性と信頼性に関する政府と産業界との対話によって生み出された結果及びモメンタムを歓迎し、産業界の参加の下で日本で開催されるハイテク犯罪に関する第二回ハイレベル会合に期待する。」(*外務省の仮訳による)と述べており、ここでは「サイバー犯罪」について定義がなされているわけではないが、「ハイテク犯罪」の一類型という位置付けがなされている。

同時に発表された「グローバルな情報社会に関する沖縄憲章」(IT沖縄憲章)においては、「グローバルな情報社会を構築するための国際的な努力には、犯罪のない安全なサイバー空間を強化するための協調行動が伴わなければならない。我々は、サイバー犯罪と闘うために、情報システムの安全のためのOECDガイドラインに示されている効果的な措置が実施されることを確保しなければならない。国際組織犯罪に関するリヨン・グループの枠組みにおけるG8の協力は強化される。我々は、最近の『G8パリ会合:サイバー空間における安全性と信頼性に関する政府と産業界との対話』の成功を基礎として、産業界との対話を更に推進する。ハッキングやウィルスといった安全性に関する緊急な問題についても効果的な政策的対応を必要とする。我々は、枢要な情報基盤を保護するために産業界及びその他の利害関係者との関与を継続する。」としている(*外務省の仮訳による)。

ここに出てくる「G8パリ会合」とは、2000年5月にパリで開催された、ハイテク犯罪に関するG8諸国の政府と産業界との第1回ハイレベル合同会合を指している。この会合では、インターネット上の犯罪(特にインターネット犯罪者の探知及び特定を重点的に)がテーマとされた。具体的にはハイテク犯罪に関する産業界・政府側共通の課題およびその課題の解決手段について議論された。合意文書は作られなかったが、終了後のプレスリリースでは、「サイバー犯罪」という言葉が頻繁に登場する。

また、沖縄サミット終了後の同年10月にベルリンで開催された、G8リヨングループ・ハイテク犯罪に関する政府・産業界合同ワークショップのプレスリリースでも、「21世紀の技術が、我々の生活様式に変化をもたらし、又無数の新たな機会を提供するのと同時に、コンピューターとネットワークはもはや犯罪者が国境に制約されない新たな犯罪にとってのフロンティアを開いた。プライバシーを守りつつ、法執行機関、民間、消費者及びその他の者がサイバー犯罪者の先を行くためには、政府と民間が今までにないほど協力して取り組んでいかなければならない。」としている。

さらに欧州評議会では、「サイバー犯罪条約」の起草作業が進められており、わが国もオブザーバーとして参加している。

こうして国際会議の場でも、「サイバー犯罪」という言葉が使用されるようになってきている。

さらに欧州評議会 では、コンピュータ犯罪専門家会合において、1997年から条約による対応が検討されてきた結果、2001年11月、ハンガリーのブダペストにおいて「サイバー犯罪条約」を採択し、オブザーバーとして参加してきたわが国や米国なども、欧州評議会加盟国とともに署名した。本条約にはサイバー犯罪の定義規定は置かれていない。

本条約は、サイバー犯罪に関する刑事実体法、同手続法及び国際捜査協力に関する規定を含んだ世界初の包括的な国際条約である。

第1に、刑事実体法に関する規定として、締約国は、不正アクセス、コンピュータ関連偽造・詐欺、コンピュータ・システムを通じた児童ポルノの配布等を国内法により犯罪化しなければならないと規定する。

第2に、刑事手続法に関する規定として、締約国は、本条約の規定に従って定められる犯罪、コンピュータ・システムという手段によって行われる他の犯罪及び犯罪に関する電子的形態の証拠の収集に適用するものとして、一定の手続を設けなければならないとする。その内容は、@蔵置されたコンピュータ・データの迅速な保全、Aコンピュータ・データの提出命令、B蔵置されたコンピュータ・データの捜索及び押収、Cコンピュータ・データのリアルタイム収集である。

第3に、国際捜査協力に関する規定として、締約国は、既存の条約や国内法令等の適用を通じて、コンピュータ・システム及びコンピュータ・データに関連する犯罪に関する捜査若しくは刑事手続のため又は犯罪に関する電子的形態の証拠を収集するために、できる限り相互に協力しなければならず、また、犯罪人引渡し及び国際捜査協力に関し、所要の立法その他の措置をとらなければならないとする。

「テロ対策に関するG8の勧告」も、本条約が、テロリスト又は他の犯罪者によるコンピュータ・システムへの攻撃に対処し、テロまたは他の犯罪行為の電子的証拠を収集する上で有用なものであるとした上、本条約を締結する資格を有する国においては、同条約を締結し、その完全かつ迅速な履行を確保し、又は、本条約中で履行が呼びかけられている諸措置に類似した法的枠組みを整備することを提唱しているが、本条約の締約国は少ない。

ちなみに、沖縄サミットの前年(1999年)に制定された不正アクセス禁止法(後述)においては、「電気通信回線を通じて行われる電子計算機に係る犯罪」(1条)という言葉が登場している。

警察庁「不正アクセス行為の禁止等に関する法律の概要」によれば、この言葉は、「電子計算機使用詐欺、電子計算機損壊等業務妨害などコンピュータ・ネットワークを通じて、これに接続されたコンピュータを対象として行われる犯罪と、コンピュータ・ネットワークを通じて、これに接続されたコンピュータを利用して行われる詐欺、わいせつ物頒布、銃器・薬物の違法取引などの犯罪の両方を指しています。」と説明している。

これらの言葉が、最も「ネットワーク犯罪」と類似した概念であるように思われる。

 

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