「著作権侵害訴訟の実務」  岡村 久道


   

  

Z 各種の権利救済措置と請求原因

 

1 はじめに

 著作権侵害に対しては民事上3種類の権利救済措置が用意されており、さらに不当利得返還請求も認められる。

 以上の要件は、この3種類の請求に共通した請求原因として原告の主張・立証事項となるが、救済措置の種類によっては、前記以外の要件が必要となる。

 

2 差止請求(112条)

 

 差止請求(112条1項)については、侵害行為(侵害停止請求権の場合)もしくは侵害のおそれ(侵害予防請求権の場合)さえ存在すれば足り、侵害者(被告)に故意または過失がなくとも認められるという無過失責任であると解されている。(*9)

 しかし、前掲のワン・レイニー・ナイト・イン・トーキョー事件最高裁判決が説くように、「既存の著作物に依拠して再製されたものでないときは、・・・著作権侵害の問題を生ずる余地はな」く、「既存の著作物・・・の存在、内容を知らなかった者は、・・・過失があると否とにかかわらず、・・・既存の著作物と同一性のある作品を作成しても、これにより著作権侵害の責に任じなければならないものではない」とすると、無過失責任といっても形ばかりであり、この依拠性の要件が存在する結果、実際には直接的な侵害者に故意がなければ通常は差止請求も事実上認められないことになる。この点については後述する。

 侵害予防請求にいう侵害のおそれの判断基準につき、前掲の青森地判平成7年2月21日が参考になる。

 この事件では、写真を無断掲載した書籍が出版された事案で、差止請求の対象となった前記書籍は現在絶版であり、出版社が近く増刷する予定もないこと、出版社の代表取締役は今後書籍を増刷する場合に前記写真を削除する旨述べていることなどの事実を摘示した上、現在及び将来にわたり前記史家の著作財産権及び著作者人格権を侵害するおそれはないとして、差止請求を棄却している。

 さらに、差止請求の際に、侵害行為組成物、侵害行為により作成された物、専ら侵害行為に供された機械もしくは器具の廃棄その他侵害の停止に必要な措置を請求することができる(同条2項)。しかし、廃棄は引渡という意味ではないので、原告は侵害行為組成物等の引渡を被告に請求することはできない。(*10)

 

3 損害賠償請求の独自の要件

(1) 故意又は過失

 

 著作権侵害を理由とする損害賠償請求は、民法709条の不法行為責任に基づくので、同条の文言上、侵害者の故意又は過失が要件となると解されている。

 しかし、この要件については問題が多い。

 直接的な侵害者の場合は事実上故意責任のみが成立するのが原則であり、間接的に著作権侵害に加担した者の場合には過失責任も認められるものと解される。(*11)

 すなわち、差止請求の箇所でも説明したとおり、例えば複製を実行した張本人のように、直接的な侵害者が被告である場合には、原告の著作物に依拠していることが侵害の要件となっており、当該侵害者は、原著作物(原作品)に触れ、これを自ら利用しているのであるから、過失ではなく故意を有していることになるのが通常である。

 もっとも、判例中には、東京地判平成6年2月18日知裁集26巻1号114頁(コムライン事件)のように、「被告は原告記事に依拠して、翻案して被告文章を作成し、これを業として複製、有線送信していたものであり、原告が原告記事について著作権を有するものであり、被告の行為が原告記事についての翻案権を侵害することは、例え認識がなかったとしても容易に知り得たものと認められるから、被告には少なくとも過失があったものと認められる」と判示して、一方で「依拠」を認定しつつ曖昧に過失による著作権侵害を認定するケースが少なくない。これらの判決は、「依拠」の事実は認めつつ、著作権侵害に該当するか否かに関する認識(評価)の有無に関し過失を論じているようである。

 もっとも、例えば著作者の氏名を誤記したような場合には、過失による氏名表示権侵害の責任が発生することも考えられないわけではない。また、侵害者が自作のワープロ原稿の中に私的な資料としてインターネットからダウンロードしてきた第三者の論文の一部を貼り込んでいたところ、その事実を忘れて、後日になって自分で昔タイプした原稿の一部であると誤信して公表してしまったような場合には、依拠性の要件を充足しつつも、故意ではなく過失による著作権侵害が成立することになるので、なお検討を要する問題である。

 次に、甲の著作物を乙が盗用して手書き原稿を作り出版社丙に持ち込んだところ、丙がよく調査もせずに出版したような場合には、間接的な侵害者である丙には故意はないが過失が存在する場合がある。

 このような場合、裁判所が丙に過失責任を認め、乙とともに丙に共同不法行為者として損害賠償責任を認定するケースが少なくない。

 実際の判例として、東京地判平成5年1月25日判時1508号147頁は、被告は「雑誌ブランカの出版者として、掲載された写真の著作者の氏名表示権を侵害することのないように予め調査、指示、確認すべき義務があったものというべきところ、・・・右義務を怠り、漫然と著作者として原告の氏名を表示することなく本件掲載写真を掲載したブランカを出版したのであるから過失責任を免れることはできない」としている。

他にも同種の判例として、東京地判昭和53年6月21日無体集10巻1号287頁(「日照権−あすの都市と太陽−」事件)、東京地判昭和55年9月17日無体集12巻2号456頁(地のさざめごと事件)があり、これらの判例は、著作権侵害の有無に関する調査につき出版社に対し厳格な注意義務を課している。工業所有権の場合には、権利の公示制度が設けられている関係で過失推定規定(特許法103条、意匠法40条、商標法39条)が置かれているのに対し、著作権の場合には公開を要しないので同種の規定は存在しないが、この点を前記の厳格な注意義務認定がカバーしている旨が指摘されている。(*12)

 

(2) 損害の発生

 

 損害賠償請求が認められるためには、民法709条に基づき、原告は請求原因としてさらに損害の発生を主張・立証しなければならない。(*13)

 著作者人格権につき精神的損害に関する慰謝料請求が認められることは前述した。

 これに対し、著作財産権侵害については、積極損害(例えば侵害された者が侵害行為により不必要な出費を余儀なくされたようなケース)も認められないわけではないが、主として消極損害である逸失利益の損害賠償請求が認められている。

 逸失利益とは、例えば侵害行為により原著作物(原作品)である書籍の売り上げが減少したことによる損害のようなケースが本来は想定されているが、その立証は実際には極めて困難である。そこで、立証責任緩和のために、損害額に関し114条が置かれている。

 まず、同条1項は、侵害者が侵害行為により受けた利益の額を損害額と推定している。この利益の額とは、侵害行為によって得た売上(収入)を指すが、具体的には「粗利益」ではなく「純利益」であると考えられている点で、工業所有権侵害の場合と同様である。さらに、純利益に占める侵害部分の割合を計算することにより最終的な「利益の額」が算出される。(*14)

 しかし、同項はあくまで推定規定にとどまるから、反証により覆すことができる。また、同項は損害の発生自体までをも推定する規定ではないので、原告は損害の発生自体を立証しなければならない。著作権者は個人であることが多いが、特許法で特許権者が実施していない場合は類似規定の適用が否定されるのと同様に、著作権者が出版していない場合は同項は適用されないと解されているので、実際には同項が有効に機能するケースは少ない。(*15)

 このように、侵害者の受けた利益の額を立証することは困難であるから、さらに同条2項でその著作権等の行使につき「通常受けるべき金銭」の額に相当する額(通常使用料相当額)を損害の額とする旨が規定されている。

 同項は推定ではなく看做し規定であるから、反証により覆すことができない。

 また、同項による場合は、損害額だけでなく損害の発生自体についても、原告は立証不要となる。

 この「通常受けるべき金銭」の額とは印税相当額とされることが多い。

 同項による損害認定例として、前掲東京地判平成7年5月31日は、「有力月刊誌の一つである『宝石』に掲載された本件著作物の要約ともいうべき約四三〇〇字、被告書籍中の一〇頁にあたる被告著作物について原稿料として原告が受けるべき使用料は、少なくとも原告の主張する四万三二〇四円を下らないものと認めるのが相当であり、これが原告の著作権侵害による損害額と認められる」と説示している。

 なお、工業所有権法と異なり、かつては著作権法には損害額計算のために必要な書類の提出命令の申立規定が存在していなかったが、平成8年の著作権法改正により同規定が新設された(114条の2)。

 

4 名誉回復の措置(115条)

 

 著作者人格権侵害に対しては、「著作者であることを確保し、又は訂正その他著作者の名誉若しくは声望を回復するために適当な措置」を請求することができる(115条)。法文上、侵害者の故意又は過失が要件とされている。
 この名誉回復等の措置としては、謝罪広告が請求されるケースが多い。

謝罪広告の要件につき、前掲のパロディ写真事件最高裁判決は次のとおり説く。

「右規定にいう著作者の声望名誉とは、著作者がその品性、徳行、名声、信用等の人格的価値について社会から受ける客観的な評価、すなわち社会的声望名誉を指すものであって、人が自己自身の人格的価値について有する主観的な評価、すなわち名誉感情は含まれないものと解すべきであ」る。

 

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