都立大学事件判決

 

事件名 都立大学事件判決
東京地裁平成10年(ワ)第23171号 謝罪広告等請求事件
判決名 東京地判平成11(1999)年9月24日
掲載誌 判時1707号139頁
判例評釈  
備 考  

 

 

 

             

判         決

  

主     文


一 被告Dは原告Aに対し金三〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
二 被告Dは原告Bに対し金三〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
三 被告Dは原告Cに対し金三〇〇〇円及びこれに対する平成一〇年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。
四 原告らのその余の請求をいずれも棄却する。
五 訴訟費用中、原告らと被告Dとの間に生じたものはこれを一〇分しその一を被告Dの負担としその余を原告らの負担とし、原告らと被告東京都との間に生じたものは原告らの負担とする。
 


 


事実及び理由

 

第一 請求

一 被告らは、「東京都立大学A類学生自治会ホームページ」(以下「本件ホームページ」という。)から別紙一記載の文書(以下「本件文書」という。)を削除せよ。
二 被告Dは、原告らに対し、本件ホームページのトップページに別紙二の目録記載の謝罪広告を同目録記載の条件で本判決確定の日から一年間掲載せよ。
三 被告らは、原告それぞれに対し、各自金三三万円及びこれに対する平成一〇年八月二〇日から支払済みまで年五分の割合による金員を支払え。

第二 事案の概要

一 事案の概要
 本件は、原告らが、被告東京都の設置する東京都立大学(以下「都立大」という。)の学生である被告Dが同大学の管理下にあるコンピューターシステム内に開設したホームページに掲載した文書が原告らの名誉を毀損すると主張して、被告らに損害賠償ないし名誉回復措置を求めた事案である。

二 原告の主張
1 被告Dによる原告らに対する名誉毀損行為
 被告Dは、都立大A類学生自治会執行委員長と称する者であり、都立大教養部の教養教育用のパソコン教室のシステム(Mac教室システムともいう。以下「教養部システム」という。)内に本件ホームページを開設した本件ホームページの運営責任者であり、平成一〇年六月二九日までの間に本件ホームページ内に「三月一四日、入学手続日の混乱の詳細」と題する本件文書の掲載を開始し、これをインターネットを通じて不特定多数人が閲読可能な状態に置いた。本件文書は、原告らが傷害事件を引き起こして刑事事件になったとの印象を一般人に与えるものであり、本件文書の掲載により原告らの社会的評価は低下した。

2 被告東京都によるインターネット上の名誉毀損文書の削除義務の不履行
(一)主位的主張(故意による不作為の不法行為)
 都立大の担当職員は、教養部システム内のホームページ上の名誉毀損文書を削除する権限を有するのであるから、条理上、または学生に対して負う安全配慮義務の履行として、名誉毀損文書が掲載されたことを現実に知った場合には、速やかにこれを削除すべき義務を負うものというべきである。都立大の担当職員は、原告らからの抗議文書を受領した平成一〇年八月一五日に本件文書が教養部システム内に掲載されたことを知ったにもかかわらず、速やかにこれを削除せず、同年一〇月一五日まで掲載されたまま放置していたのであるから、被告東京都は、原告らの名誉が毀損されたことにより生じた損害を賠償すべき義務を負う。

(二)予備的請求(過失による不法行為)
 本件文書が教養部システム内に掲載されたことを知った都立大の担当職員が本件文書は名誉毀損には該当しないと判断したのであれば、そのように判断したことにつき過失があり、その結果本件文書が削除されずにインターネットを通じて不特定多数人が閲覧可能な状態が継続したのであるから、この場合においても、被告東京都は、原告らの名誉が毀損されたことにより生じた損害を賠償すべき義務を負う。

3 損害額及び謝罪広告掲載の要否
 本件名誉毀損行為により原告らに生じた精神的損害についての慰謝料としては各原告につきそれぞれ三〇万円が相当であり、弁護士費用としては各原告につきそれぞれ三万円が相当である。また、被告らに対して本件文書の削除、被告Dに対して謝罪広告の掲載を命じるべきである。

4 被告Dの主張2及び3は争う。

三 被告Dの主張
1 本件文書が本件ホームページに掲載されてインターネットを通じて閲読可能な状態になったことによっても、原告らの社会的評価は低下していない。

2 本件文書の掲載は、公共の利害に関わる事実に係り、専ら公益を図る目的に出たものである。また、本件文書に記載された内容はすべて真実であり、仮に真実でないとしても真実と信じるにつき相当な理由が存在する。したがって、本件文書の掲載についての違法性は阻却される。

3 原告らのグループと被告Dらのグループの間の東京都立大学新聞会等の正統性をめぐる論争の存在、三月一〇日及び同月一四日に両者間において発生した実力衝突、被告Dが都立大A類学生自治会執行委員長という立場から三月一四日の衝突の事実を学生、教職員に告知しようとしたのが本件文書であることを考慮すると、本件文書の記載の一部により原告らの社会的評価を低下させる結果が生じたとしても無理からぬ事情が存在し、本件文書が事実を淡々と綴ったものであることをも考慮すると、被告Dの行為には違法性がないものというべきである。

四 被告東京都の主張
1 本件文書が本件ホームページに掲載されてインターネットを通じて閲読可能な状態になったことによっても、原告らの社会的評価は低下していない。

2 教養部システム内に開設されたホームページの内容については、これを開設する学生自身が責任を負うことを条件として学生個人に教養部システムの利用を認めていること、本件文書が一見して明白に名誉毀損文書に当たるということはできないことによれば、都立大担当職員が原告らに対する関係において本件文書の削除義務を負うことはない。

五 主要な争点
1 本件文書の掲載による名誉毀損の成否

2 都立大担当職員が、原告らに対する関係において、本件文書の削除義務を負うかどうか

3 被告D主張に係る違法性阻却事由の有無

第三 当裁判所の判断

 《証拠略》によれば以下の事実が認められる。

1 都立大には、キャンパス内の情報処理システムとして教育研究用情報処理システムがあり、キャンパス内をネットワーク化するとともに、インターネットとも接続している。右情報処理システムの円滑な運用を図るため、全学的な構成の「都立大教育研究用情報処理システム運営委員会」(以下「運営委員会」という。)が設置されている。教育研究用情報処理システムを利用できる者は、原則として運営委員会が認めた教職員ないし大学院生である。運営委員会は、右システムを利用した公開情報(ホームページ)の作成、維持管理についての要綱を定めており、右要綱によれば、各ホームページに記載される情報については作成主体が責任を持つこととし、運営委員会は公開された情報の内容が社会通念上許されないものと判断した場合にはその除去を命じることができる旨が定められている。
 これに対し、都立大に設置された教養教育用のパソコン教室のシステムである教養部システム(通称Mac教室システム)は、被告東京都の公務員である情報教育担当教員において運営されている。教養部システムは、教育研究用情報処理システム及びこれを構成するサーバーコンピューターと接続され、教育研究用情報処理システムを経由してインターネットに接続されているが、都立大の設置管理する教育研究用情報処理システムとは、一応別個のシステムである。したがって、教養部システムには教育研究用情報処理システムの公開情報についての前記要綱の適用はない。
 都立大は、教養課程における情報教育基礎科目を受講した学生に、教養部システム内においてホームページを開設する資格を与えている。被告Dは、教養部システム内における右の資格を有する都立大の学生で、都立大A類学生自治会執行委員長でもあり、教養部システム内に、学生個人として与えられた利用資格に基づき、自己のホームページを「都立大A類学生自治会ホームページ」(本件ホームページ)という名称で開設している。本件ホームページは、実質的には、被告D個人のホームページというよりは、同被告が執行委員長をつとめる都立大A類学生自治会という団体のホームページであり、同被告がその運営責任者の地位にある。

2 都立大においては、学生の全員当然加入制をとり、その財源が全学生から徴収される自治会費ないし購読料でまかなわれる学生自治会(昼間部についてはA類学生自治会、夜間部についてはB類学生自治会)及び東京都立大学新聞会(以下「新聞会」という。)については、その公共的性格に鑑みて、新入生の入学手続の際に、自治会費ないし新聞購読料徴収のために、入学手続の場所に隣接した教室の使用を認めるなどの、一般の学生団体にはみられない特典の供与(便宜供与)をしてきた。
 ところで、新聞会については、平成九年六月から、被告DらのA類学生自治会執行部側の学生と、新聞会執行部を自称して現実に新聞会の財産を管理し東京都立大学新聞を発行している原告らのグループ(本件文書において「自称新聞会」と表現されているグループ)の側の学生の間において、新聞発行グループの新聞会としての正統性が争われるようになった。両グループ間においては、日常的に相手方を非難する立看板やビラ等の応酬がされ、実力による小競り合いやもみ合い等も生じていた。都立大当局は、調査の結果、新聞会が学生全員当然加入制をとり全学生から購読料を徴収する団体であるという観点からみると、新聞発行グループは、新聞会執行部としての正統性に問題があり、単なる学生の任意団体としてはともかく、少なくとも新入生の入学手続の際に隣接教室の使用を許可して新聞購読料徴収の便宜を与える団体としてはふさわしくないものであると判断し、他に新聞会執行部としての正統性が認められるグループも見当たらなかったことから、平成一〇年三月に行われる新入生の入学手続の際には、新聞会に対する便宜供与をしないこととした。また、B類学生自治会についても、平成九年七月から、その正統な執行部であると主張する二つのグループが発生し、その一方は被告DらのA類学生自治会執行部側の学生の支持を受け、他方(本件文書において「自称B自」と表現されているグループ)は新聞会問題における前記新聞発行グループの学生の支持を受けていた。
 都立大当局は、調査の結果、前者の側のグループにB類学生自治会執行部としての正統性があると認めて右グループに新入生の入学手続の際の自治会費徴収のための教室使用の特典(便宜供与)を与えることとし、後者のグループには右の特典を与えないこととした(なお、当裁判所は、本件訴訟の審理に当たっては、新聞会及びB類学生自治会執行部についての正統性に関する右都立大当局の判断が適法か違法か、妥当か不当かということについて判断すべき職責を有するものではなく、右認定も都立大当局の判断の適法性、妥当性について述べるものではない。)。

3 平成一〇年三月一〇日に行われた都立大入学試験(前期日程)の合格発表の際、都立大当局は、A類学生自治会執行部側の学生を中心とする新入生歓迎中央実行委員会(以下「中央新歓」という。)に対して、新入生歓迎行事実施のために都立大の講堂を使用することを許可した。新入生の入学手続の際に会費徴収の便宜供与を認められなかったB類学生自治会執行部グループ及び新聞会の新聞発行グループ(原告らを含む。)は、中央新歓の構成員ではなかったが、入学手続日における自治会費及び新聞購読料等の徴収に関する書類を配付するため、中央新歓の主催する新入生歓迎行事中の都立大の講堂に入ろうとしたところ、A類学生自治会執行部側の学生が実力でこれを阻止しようとしたため、両者の間で実力による衝突が起こり、講堂出入口付近で混乱が生じた。
 都立大当局は、同月一四日に予定された入学手続日に再び混乱が生じることを回避するため、都立大学生部長名で「合格発表時の混乱について」と題する文書を学生らに配布し、混乱を引き起こした学生らに再び混乱を起こすことのないように訴えた。また、都立大当局は、新入生に対しては、「新入生の皆さんへ」と題する学生部学生課名の「都立大学には、学生の自治組織として、第一部学生を会員とする「A類自治会」と第二部学生を会員とする「夜間受講生自治会」(通常「B類自治会」と言われる)があります。大学は、学生の自主的な考えや行動を極力尊重するために、皆さんの入学手続きにあたって、上記の両自治会が第一〇室を使用することを認めています。一方、学内には、同じ「B類自治会」を自称している別のグループがあり、まぎらわしい状況になっています。しかし、大学としては、第一〇室を使用している団体を第二部学生を代表する自治会として対応しています。このことについては、インフォメーション・ギャラリーの学生部前の掲示板に掲示してある、総長、学生委員会、学生部長の各声明文などを見てください。また、これとは別に、「都立大学新聞会」という名称で「都立大学新聞」を発行しているグループがあり、場外等で新聞購読の勧誘、購読料の徴収活動などを行うかもしれませんが、これらは大学の入学手続きとは一切関係がありません。新入生の皆さんは、入学手続き以降も、大学生としての自覚と責任において判断し行動されるよう、注意を喚起します。」という内容の文書を配布した。

4 平成一〇年三月一四日に行われた都立大の新入生の入学手続の際、右入学手続の場所である教養部棟は、大学当局者及び便宜供与を認められた学生団体の関係者以外の者は立入禁止とされた。大学当局に正統性を否定され、便宜供与を受ける資格を剥奪された新聞発行グループの学生等(原告らを含む。)は、右措置を不当と考えて、例年通り教養部教室内で新聞購読料等の徴収手続を実施しようとして教養部棟に近づいたところ、これに対峙していたA類学生自治会執行部側の学生との間で実力による衝突が発生し、両グループの学生らの間で乱闘となり、双方のグループの複数の学生が一週間から一〇日間の傷害を負うという本件事件が発生した。

5 中央新歓は、本件事件の概要を都立大当局に報告した方がよいと考え、事件現場にいたA類学生自治会執行部側の学生から事情聴取した結果をまとめて、中央新歓名の都立大学生部長宛の「入学手続日の混乱について」と題する報告文書を作成し、三月一八日ころにこれを都立大学生部に提出した。右文書の内容は、本件ホームページ内の本件文書の内容と同一であった。
 被告Dは、本件事件の現場には直接立ち会っていなかったが、中央新歓の中心メンバーとして右文書の作成経緯をよく知っており、都立大A類学生自治会執行委員長として、中央新歓作成に係る右文書を都立大の学内の学生、教職員に広く読んでもらいたいと考えて、これを本件ホームページに掲載することを思いついた。被告Dは、そのころ、「三月一四日、入学手続日の混乱の詳細」と題する本件文書を本件ホームページに掲載し、これをインターネットを通じて不特定多数人が閲読可能な状態に置いた。

6 原告甲野及び同乙山は、本件文書の掲載を知った後の平成一〇年八月二二日に、運営委員会に対し、本件文書の内容は虚偽であること及び内容が真実であろうと虚偽であろうと本件文書のホームページヘの掲載は原告らに対する名誉毀損に当たることを指摘して、同委員会の公式謝罪を求める旨の文書(以下「本件抗議文書」という。)を発送した。
 運営委員会は、平成一〇年八月一五日、本件抗議文書を受領し、本件ホームページに本件文書が掲載されていることを知り、教養部システムを管理する情報教育担当教員にこれを伝えた。情報教育担当教員においては、本件文書を削除する措置はとらず、学生間における自主的な解決に期待して、同月一九日に被告Dに対して原告らの抗議の趣旨を伝えるにとどめた。
 本件システム内に開設されたホームページについては、都立大教養部教務課電算係が右ホームページを閲覧する者の便宜のため、自らの判断で適宜関連するホームページヘのアクセスを容易にするリンクの開設を行っていた。しかし、本件システム内に開設された学生活動のページに関しては、本件文書をめぐる紛争以前から、学生が自己のホームページとして民間企業のホームページを掲載するなど、本件システムの設置目的に沿わない行為が行われるという問題が発生していたため、右電算係の職員は本件抗議文書の受領を契機に平成一〇年八月一七日、本件ホームページを含む学生活動のページについてリンク停止の措置をとった。
 情報教育担当教員は、同月二〇日、原告甲野に対して、教養部システム内に学生が開設したホームページについては当該ページを運営している個人が管理し、すべての責任はその個人にあり、Mac教室管理者は一切の責任を持たない、システム管理者が記事を検閲することはインターネットの哲学とも相容れない旨を記載した回答書を発送し、右回答書はそのころ同原告に到達した。
 被告Dは、その後、本件文書に「この文章に関して、実名を挙げて事の詳細を記している点が名誉棄損ではないかという声があがり、実際その当人からも抗議文が送られてきました。私たちA類自治会は、このような事実があったということを学内の学生、教職員のみなさんにお知らせし、事実を知ったうえでみなさんに適切な判断を下していただきたいと考えて、実名を明らかにして本大学構成員の利益のためにホームページに公表した次第です。しかし、法律的な問題も含めこの問題への対処を現在検討中です。結論が出次第、このホームページ上でもみなさんにお知らせいたします。」という内容の文章を付加した止、本件ホームページに本件文書の掲載を続けた。
 本件ホームページ中における本件文書が掲載されたページは、本件訴訟提起の事実が新聞報道された直後の平成一〇年一〇月一五日(なお、本件訴状副本が被告東京都に送達されたのは同月一九日である。)に、情報教育担当教員によって閉鎖され、現在に至っている。

二 右認定事実に基づいて検討する。
1 公然性について
 本件文書は、本件ホームページ内に掲載されることにより、インターネットを経由して不特定多数の人間がこれを閲覧することが可能な状態に置かれたものであるから、公然性を有するものというべきである。
 被告らは、インターネットを経由して本件ホームページに到達するには、本件ホームページに直接到達することのできるインターネットアドレスを知っているか、都立大のMac教室システムを探し当てた上で、さらに学生の自主活動のページから都立大A類学生自治会ホームページを探すか、または数多ある学生のホームページの中から被告Dのホームページを探り当てなければならず、事実上都立大関係者以外の者が本件文書を閲覧する可能性はないと主張する。しかしながら、弁論の全趣旨によれば、本件当時、原告らの氏名をキーワードとしてインターネットにおける検索サイトにより検索すれば、本件ホームページないし本件文書が検索結果として出てくる蓋然性が極めて高かったものと認められ、Mac教室システムや都立大A類学生自治会ホームページのことを知らない者であっても、原告らの氏名をキーワードとして検索サイトで検索すれば、その検索結果により本件ホームページに直接アクセスすることは可能であり、原告らの知人等がこのような検索をすることも十分にあり得ることであるから、被告ら主張に係る前記の事情は公然性を有するという判断を左右するものではない。

2 原告らの社会的評価の低下について
 本件文書は、原告らの実名を挙げた上で、原告らグループが中央新歓グループの学生に暴力を振るい傷害を負わせたため、中央新歓グループの学生が原告らを交番に連れて行き、原告らを含む八名の学生が交番に収容された旨の記載があり、本件文書を閲覧した者に対し、原告らが傷害事件という犯罪行為をおかしたという印象を与えるものであるから、本件文書の記載内容が真実であるかどうかにかかわらず、本件文書の掲載によって原告らの社会的評価は低下したものというべきである。
 被告らは、原告らは三月一〇日にも同様な混乱を引き起こしてすでに都立大学内における原告らの名誉は低下していたから、本件文書の掲載により原告らの社会的評価が低下することはないと主張するが、名誉毀損文書の掲載ことに原告らの都立大学内における社会的評価も一応低下するものというべきであるし、本件文書が都立大学外者からもインターネットの検索サイトを経由して簡単にアクセスすることが可能なものであることは前説示のとおりであって、被告ら主張の事情の有無にかかわらず本件文書は学外の者との関係において原告らの社会的評価を低下させるものであることは明らかであるから、被告らの右主張は採用することができない。
 右1及び2によれば、被告Dが本件ホームページに本件文書を掲載した行為は、本件文書の記載内容が真実であるかどうかにかかわらず、原告らの名誉を毀損するという私法上違法な行為であるというべきであり、被告Dは、右行為により原告らに生じた損害を賠償すべき義務を負うことになる。

3 都立大担当職員が原告らとの関係で本件文書の削除義務を負うかどうか
(1)原告らは、都立大担当職員は、教養部システム内のホームページ上の名誉毀損文書を削除する権限を有するから、そのような名誉毀損文書の存在を知ったときにはこれを削除すべき義務を負うと主張する。
 教養部システムについてのものではないが、都立大教育研究用情報処理システムにおいては各ホームページに記載された情報については作成主体が責任を負うが運営委員会は社会通念上許されないと判断した公開情報の除去を命じることができると定められていることは前記認定のとおりである。そして前記認定事実によれば、教養部システムにおいても、条理上、各ホームページに記載された情報については作成主体が責任を負うが、情報教育担当教員は社会通念上許されないと判断した公開情報を除去することができるものと解される。
 ところで、大学におけるコンピューターネットワークのように、ネットワークを管理する者が、インターネットで外部に流される個々の情報の内容につき一般的に指揮命令をする権限を有しない場合においては、情報の内容についてはその作成主体が責任を負うのが当然のことであるが、それでもなお、ネットワークの管理者は情報の削除権限を有するとされるのが通常である。管理者が削除権限を有するのは、社会通念上許されない内容の情報が当該ネットワークから発信されると当該ネットワーク全体の信用を毀損するので、そのような信用の毀損を防止する必要があるからであり、都立大教育研究用情システムについていえば、被害者保護のために運営委員会に情報の削除権限が認められているというよりは、都立大教育究用情報システムの信用を維持するという都立大構成員全体の利益のために運営委員会に情報の削除権限が認められているものとされる。 そうすると、社会通念上許されない内容の公開情報についての管理者の削除権限の定めは、社会内に存在する諸団体がインターネットに接続することのできるコンピューターネットワークを管理する際の常識的な内容を定めたものであるということができる。
 これと同様に、本件の教養部システム内において情報教育担当教員が有する社会通念上許されない内容の公開情報の削除権限も、被害者保護のために認められたものというよりは、教養部システム(ひいては都立大教育研究用情報処理システム)を維持するという都立大構成員全体の利益のために認められているものというべきである。
 したがって、都立大職員である情報教育担当教員が社会通念上許されない内容の公開情報の削除権限を有することからただちに右情報担当教員が原告らに対する関係において本件文書の削除義務を負うという結論を導き出すことはできないものというべきである。
 なお、社会通念上許されない内容の公開情報を削除すべき権限の行使は情報教育担当員の合理的裁量に委ねられ、裁量権の逸脱、濫用がない限り、情報教育担当員の削除権限の行使が教養部システム内部の関係者に対する関係において違法になることはないものというべきである 。

(二)しかしながら、自ら管理するネットワークからインターネット経由で外部に情報が流れる場合において、右の情報の流通を原因として外部の者に被害が生じたときであっても、ネットワーク管理者は常に外部の被害者に対して被害発生防止義務を負うことがないとまでいうことはできない。管理者の被害発生防止義務の成否は、事柄の性質に応じて、条理に従い、個別的ないし類型的に検討すべきものである。
 ところで、インターネットにおける秩序が刑罰法規に触れてはならないとか、私法秩序に反するものであってはならないとかいうのは、理念としてはそのとおりである。しかしながら、刑罰法規や私法秩序に反する状態が生じたからといって、そのことを知ったネットワークの管理者が被害者との関係において被害の防止に向けた何らかの措置をとる義務が生じるかどうかは、問題となった刑罰法規や私法秩序の内容によって異なると考えられ、事柄の性質に応じた検討が不可欠である。犯罪行為であり私法上も違法な行為であるからといって、当該情報の存在を知った管理者に一律に当該情報を排除すべき義務を負わせるのは、事柄の性質によっては無理があるからである。

(三)例えば、ネットワークからインターネット経由で外部にコンピューターウィルスを流す行為がされたり、ほかのコンピューターに不法に侵入してシステムを破壊する行為がされたりした場合には、事柄の性質に照らして管理者は、右の行為がされたことを確定的な事実として認識した時点において、条理上の義務として、右の行為を妨げるための措置を可能な限度でとるべき義務が生じるものというべきである。このような行為は他人の財産に巨額の損害を与える蓋然性の高い行為であるとともに様々な装置がコンピューターによる何ら力の制御に依存していることが通常となった今日の社会においては、一般人の日常の様々な生活利益を侵害するおそれの強い行為でもあるから、そのような行為の実行を妨げる手段を有する者は、社会全体から被害発生防止のための一定の責任を負うことが要請されており、私法秩序王も、可能な限度において、被害者に対す被害発生防止義務を負わせることが条理にかなうからである。

(四)これに対して、名誉毀損行為は、犯罪行為であり、私法上も違法な行為ではあるが基本的には被害者と加害者の両名のみが利害関係を有する当事者であり、当者以外の一般人の利益を侵害するおそれも少なく、管理者においては当該文書が名誉毀損に当たるかどうかの判断も困難なことが多いものである。このような点を考慮すると加害者でも被害者でもないネットワーク管理者に対して名誉毀損行為の被害者に被害が発生することを防止すべき私法上の義務を負わせることは、原則として適当ではないものというべきである。管理者においては、品位のない名誉毀損文書が発信されることによるネットワーク全体の信用の低下を防止すべき義務をネットワーク内部の構成員に負うことはあっても、被害者を保護すべき、私法秩序上の職責までは有しないとみるのが社会通念上相当である(なお、管理者が名誉毀損文書を削除するに当たり被害者の利益にも配慮した上で削除の決断がされることが通常であろうが、このような削除権の行使は、いわば被害者に対する道義上の義務の履行にすぎず、これを怠ると損害賠償義務を負うべき私法秩序上の義務の履行とはいえないと解される。)。
 そうであるとすれば、ネットワークの管理者が名誉毀損文書が発信されていることを現実に発生した事実であると認識した場合においても、右発信を妨げるべき義務を被害者に対する関係においても負うのは、名誉毀損文書に該当すること、加害行為の態様が甚だしく悪質であること及び被害の程度も甚大であることなどが一見して明白であるような極めて例外的な場合に限られるものというべきである。

(五)本件行為は、本件文書が名誉穀損に当たるかどうかも加害行為の態様の悪質性も、被害の甚大性も、いずれもおよそ一見して明白であるとはいえないものというべきであるから、都立大担当職員が本件ホームページに本件文書が掲載されたことを知った時点において、被害者である原告らに対してこれを削除するための措置をとるべき私法上の義務を負うものとはいえないというべきである。
 なお、本件抗議文書の到達をきっかけとして都立大当局がリンク停止の措置をとったこと及び本件訴訟提起の情報に接した情報教育担当教員が本件文書の掲載されたページを閉鎖したことは、教養部システム(ひいては都立大教育究用情報処理システム)の信用を維持するという都立大構成員全体のために必要な行為であるとの判断に基いて行われたものというべきである。原告らは、これらの行為が、都立大担当者が本件文書が違法な名誉毀損文書であることを知っていたことのあらわれであると主張するが、このような行為があったことは、都立大担当職員に原告らに対する関係における私法上の義務違反行為があったことを何ら根拠付けるものではない。

(六)以上の説示によれば、原告らに対する関係においては、都立大担当職員が私法上本件文書の削除義務を負わないことが明らかであるというべきであり、原告の被告東京都に対する請求は、その余の点についてて検討するまでもなく理由がない。
4 被告D主張に係る違法性阻却事由の有無
 本件文書の掲載当時、新聞会及びB類学生自治会の正統性等の問題をめぐって、原告らの学生グループと、被告Dらの学生グループとの間で対立があり、互いに相手方を非難する言動を繰り返し、実力による衝突も起きていたこと、本件文書は対立の一方当事者とも言うべき立場にある都立大A類学生自治会のホームページに掲載されたものであること、本件文書の元となる中央新歓作成の文書は対立の相手方である原告らのグループの学生からの取材を行わずに自らのグループの学生からの取材のみに基づき作成されたものであり、被告Dも右作成経緯を知っていたことからすれば、本件文書は、対立当事者の一方からの相手方を非難する目的の文書の域を出ないものというほかはなく、公益を図る目的で本件ホームページに掲載されたものとは到底いえないものというべきである。
 被告Dは、本件文書の記載の一部により原告らの社会的評価を低下させる結果が生じたとしても無理からぬ事情が存在することなどから被告Dの行為には違法性がないとも主張する(被告Dの主張3)が、右主張のような事実関係があったとしても本件名誉毀損行為の違法性が阻却されるものではないから、右主張は主張自体理由がない。
 以上によれば、本件文書の記載内容が真実であるかどうかについて判断するまでもなく、被告D主張に係る違法性阻却事由があるとはいえない。

5 損害額並びに本件文書の削除及び謝罪広告掲載の要否
 以上によれば、被告Dは、本件文書の掲載行為により原告らに生じた損害を賠償すべき義務を負うことになる。
 本件文書には原告らを侮蔑したり嘲ったりするような表現はなく事実の記載にとどまるものであること、本件ホームページがインターネットの検索サイト等を通じて広く学外の一般人にもアクセス可能であるとしても、弁論の全趣旨によれば実際に本件文書を閲覧した者の数はごくわずかにとどまるものと認められること、本件文書が掲載されたページは平成一〇年一〇月一五日に閉鎖されて一般人が本件文書を閲覧できなくなり実質的に本件文書が削除されたと同様の状態になっていること、前記認定に係る原告らの学生グループと被告Dらの学生グループとの関係、殊に本件が学生の自治活動家どうしの自治活動の内容をめぐる争いであり、両者間においては日常的に相手方を非難する立看板やビラ等の応酬がされ、実力による小競り合いやもみ合い等も生じていたことなどに照らすと、本件文書の掲載行為によって原告らに生じた損害は比較的軽微なものというべきである。以上のような点を考慮すると、慰謝料の額は原告一人につきそれぞれ三〇〇〇円が相当であり、本件文書の削除及び謝罪広告掲載の必要性は認められないものというべきである。
 原告らの被告Dに対する本件訴訟は、簡易裁判所における少額訴訟手続または通常訴訟手続において、担当の簡易裁判所判事が本件文書を閲読し、双方当事者から本件文書掲載に至るいきさつを聴取すれば、裁判所としての終局判決をするのに十分な資料を得ることができ、したがって、本人訴訟で十分対処できる程度のものであるから、弁護士費用は被告Dの行為と相当因果関係のある損害ということはできない。

三 よって、原告らの請求は、被告Dに対してそれぞれ金三〇〇〇円及びこれに対する本件文書掲載の後である平成一〇年八月二〇日から支払済みまで民法所定の年五分の割合による遅延損害金の支払いを求める限度で理由があるからその限度でこれを認容し、その余の請求は理由がないからこれを棄却し、訴訟費用の負担につき民事訴訟法六一条、六四条、六五条を適用し、仮執行の宣言については必要がないのでこれを付さないこととして、主文のとおり判決する。
 

裁判長裁判官 野山宏

裁判官 坂本宗一

 金築亜紀

 

別紙一 三月一四日、入学手続日の混乱の詳細《略》
二 目録《略》
 

 

 注 意

本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

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