電子メール脅迫事件判決

 

事件名 福岡地方裁判所 平成13年(わ)第184号,平成13年(わ)第253号,平成13年(わ)第375号,平成13年(わ)第1120号 脅迫,業務妨害,住居侵入,器物損壊,名誉毀損被告事件
判決名 福岡地判平成13(2001)年12月19日
掲載誌 最高裁サイト下級裁主要判決情報
評釈  
備 考 http://courtdomino2.courts.go.jp/kshanrei.nsf/Listview01/76DC84C702B6219C49256B57000700BD/?OpenDocument

 

  

判     決


主     文


被告人を懲役2年に処する。
未決勾留日数中160日をその刑に算入する。

理     由

 

(罪となるべき事実)
被告人は,
第1 平成12年10月4日から同年11月15日までの間,別紙犯罪事実一覧表1(略)記載のとおり,3回にわたり,福岡市早良区内のマンション1階の甲山一郎(仮名)方玄関ドアの鍵穴を損壊する目的で,同マンション1階通路に立ち入って侵入し,同所において,甲山一郎が所有する同人方玄関ドアのシリンダー錠鍵穴部に接着剤を注入して凝固させ,同鍵穴部を閉塞して使用不能にし,もって他人の物を損壊した。
第2 平成12年10月27日ころ,福岡市早良区内の駐車場において,同所に駐車中の甲山一郎が所有する普通乗用自動車のタイヤ4本を錐様の器具で突き刺してパンクさせ(損害額合計約4万7700円相当),もって他人の物を損壊した。
第3 甲山花子(仮名;当時34歳)の名誉を毀損しようと企て,
 1 平成12年10月31日,多数の保護者が参観して学習発表会が開催されていた福岡市早良区内の小学校において,「甲山花子はHが大好きです。他の人のお父さんを寝取るのが得意です。」などと記載した紙片合計約60枚を同小学校講堂兼体育館設置の下駄箱付近ほか3か所に撒布するなどし,もって甲山花子の名誉を毀損した。
 2 平成12年11月20日,前記第1記載のマンションにおいて,「先般より、私こと甲山一郎の玄関ドアの鍵穴を壊される被害が発生しています。その理由は、すべてこちら甲山の方にあり、妻の甲山花子の不倫(ふりん)によるものです。何人もの男性と不倫関係を持っていたために、たくさんのうらみを持たれているようです。」などと記載したチラシを同マンション1階に設置された約13戸の郵便受けに1枚ずつ投函し,もって甲山花子の名誉を毀損した。
第4 平成12年11月16日から同年12月28日までの間,別紙犯罪事実一覧表2(略)記載のとおり,1212回にわたり,福岡県内において,所携のプリペイド式携帯電話から福岡市中央区内の乙株式会社本店電話交換業務室に設置された同社の代表電話に繰り返し電話をかけ,同社の電話交換手をして同社の取引先等からの電話であると誤信させて,その応対をさせ,その都度,「甲山,甲山。」「不倫,不倫。」「奥さんの不倫,社内に言いふらせ。」などと申し向け,あるいは無言のまま電話を切るなどして,同社の円滑な電話交換業務を困難ならしめ,もって偽計を用いて同社の電話交換業務を妨害した。
第5 甲山花子及びその夫甲山一郎(当時41歳)を脅迫しようと企て,別紙犯罪事実一覧表3(略)記載のとおり,平成12年12月14日から同月22日までの間,前後15回にわたり,福岡県内において,所携のプリペイド式携帯電話から電話をかけ,「コロシテヤル ワルイノハハナコ バカ」「ヨナカニヒニツツマレテイツカゼンメツヒヒヒヒ」などの文言を内容とするメールを福岡市内に現在する甲山一郎の携帯電話に送信し,いずれもそのころ,甲山花子及び甲山一郎に各メールを受信させて認識させ,もって両名及びその親族の生命,身体,財産等に害を加える旨を告知して脅迫した。

(証拠の標目)(略)

(法令の適用)
罰条
 第1の各行為中
   住居侵入の点       いずれも刑法130条前段
器物損壊の点       いずれも刑法261条
 第2の行為          刑法261条
 第3の各行為         いずれも刑法230条1項
 第4の行為          包括して刑法233条
 第5の行為          被害者毎にそれぞれ包括して刑法222条
科刑上一罪の処理
 第1の各行為について     いずれも刑法54条1項後段,10条(それぞ
れ一罪として犯情の重い器物損壊罪の刑で処断)
 第5の行為について      刑法54条1項前段,10条(犯情の重い甲山
花子に対する脅迫罪の刑で処断)
刑種の選択
 第1ないし第5の各罪     いずれも懲役刑を選択
併合罪の処理          刑法45条前段,47条本文,10条(刑及び
犯情の最も重い第4の罪の刑に法定の加重)
未決勾留日数の算入       刑法21条
 

(量刑の理由)
1 本件は,丙川二郎(仮名;以下,「交際相手」という。)と電話や電子メールを介して交際していた被告人が,交際相手が甲山花子(以下,「被害女性」という。)と親密な関係にあるとして,被害女性らに対する嫌がらせ等をすることを企て,平成12年10月から同年11月の間,前後3回にわたり,被害女性夫婦の居住するマンション1階通路に侵入して,同夫婦宅玄関ドアの鍵穴に接着剤を注入して使用不能にした住居侵入,器物損壊3件(第1),同年10月下旬,被害女性の夫が所有する普通乗用自動車のタイヤ4本を錐様の器具で突き刺してパンクさせた器物損壊(第2),同年10月下旬及び同年11月中旬の2回にわたり,被害女性夫婦の子供の通う小学校及び前記マンションで,被害女性の名誉を毀損する紙片を撒布するなどした名誉毀損2件(第3),同年11月中旬から同年12月下旬の間,前後1212回にわたり,被害女性の夫の勤務会社に無言電話をかけるなどした業務妨害(第4),同年12月中旬から同月下旬の間,前後15回にわたり,殺してやるなどの文言を内容とするメールを送信した脅迫(第5)の事案である。
2 被告人の本件各犯行は,前判示のとおり,長期間にわたり,被害女性夫婦宅玄関ドアの鍵穴への接着剤の注入,自動車のタイヤのパンク,同夫婦の子供の通う小学校やその自宅マンションでの被害女性の名誉を毀損する内容のビラの撒布,メールを利用した脅迫に止まらず,被害女性の夫の勤務会社への多数回の無言電話等といった種々の方法により,被害女性ら家族の生活の場やその関係場所等多方面において繰り返し敢行されたものであって,その犯行態様は極めて陰湿かつ執拗であるばかりか,強固な犯罪意思に基づくものであるといわざるを得ない。
  個別に見ても,被害女性夫婦宅玄関ドアの鍵穴への接着剤の注入や自動車のタイヤのパンクは,被害女性らの生活の本拠に対する直接的な犯行であることに加え,短期間に反復累行された執拗なものである。
  また,被害女性の名誉を毀損するビラの撒布は,同女方マンションという被害女性の生活の本拠のごく近辺において実行されたもので,被害女性の立場を著しく困難な状況に追い込んだものであるばかりか,被告人が被害女性夫婦の子供の通う小学校においてまでこれを実行した点については,被告人自身が教員として教壇に立った経歴を有するにもかかわらず,児童への悪影響を全く顧みようともせず,教育の現場である小学校を犯行場所に選んだ上,被害女性夫婦の子供を名指しした多数のビラを,児童の下駄箱や学習発表会に訪れていた多数の保護者の靴の上など,目に付きやすい複数の箇所に分けて撒布したものであって,悪質極まりない犯行というほかはない。
  そして,脅迫メールについてみるに,その内容は,「コロシテヤル」「ヨナカニヒニツツマレテイツカゼンメツ」など文言それ自体激烈なものである上,既に器物損壊や名誉毀損,業務妨害などの被害を受けて畏怖している被害女性らをさらに畏怖させ,窮地に追い込んだものであって,被害女性らの心情等を全く顧慮することのない非情な犯行というべきである。
  加えて,業務妨害については,判示のとおり相当長期間かつ多数回にわたり,被害女性の夫の勤務する被害会社に電話をし続けたもので,その回数は多い日には133回にものぼっており,その常軌を逸した行動により被害会社の業務を阻害したばかりか,被害女性の夫の被害会社内での立場を危うくさせたもので,これまた悪質極まりない。
  そして,かかる各犯行態様の悪質さに加え,被告人は,被害女性夫婦宅玄関ドアの鍵穴への接着剤の注入を最後に敢行した際には,「カギヤサントオトモダチハコレデオワリツギハドボクブニシヨウカ」というメールを送りつけるなどして,複数の犯行手段を組み合わせて,被害女性らの不安感をあおっていた事情も認められることなどに徴しても,犯情は極めて悪いというべきである。
3 このような被告人の一連の犯行の結果,被害女性が心療内科への通院を余儀なくされるなどの多大な精神的苦痛を受けたばかりか,その夫や文字通り全く無関係の子供達までも多大な精神的苦痛を受けていることが認められる。
また,被害会社においても,被告人からの常軌を逸した多数回の電話の応対に追われるあまり,電話の取り次ぎが遅延したばかりでなく,電話交換手が電話に出ること自体に苦痛を感じるなどさせたものであって,その被った損害もまた多大である。
このように,被告人の一連の犯行によりもたらされた結果は重大である。
4 被告人は,このような犯行に及んだ動機として,交際相手や被害女性から不倫をばらした犯人扱いされたことに対する怒りが主たる動機である旨供述するが,かかる弁解内容は,本件の如き長期間にわたる執拗で陰湿な犯行やこれに至った経緯について,関係者らを納得させるに足りるものとは認め難く,犯行の動機に関する被告人の供述内容はたやすく信用することができない。
  加えて,被告人は,自身に対して捜査が及んでいることを知るや,犯行に供した携帯電話を処分し,弁護人や被告人の夫が真実を話すように説得していたにも拘わらず,相当期間にわたり犯行を強く否認していたものであることなどに照らすと,犯行後の情状も甚だ芳しくない。
  そして,当公判廷における被告人の供述態度や記録上窺われる諸事情を併せ考慮すれば,現時点においても,被告人が自らの犯行を直視し,真摯な反省に基づいてその行った行為の全貌を明らかにしているとは認め難いところである。
5 このような被告人の供述態度等とも相俟ってか,被害女性は,第4回公判の後に至っても,「私たちは,今回の事件で,ぼろぼろにされました。」「殺されたと言うに等しい苦痛を味わいました。」「今の状況では,被告人が反省しているとはまったく思えません。」「今のような法廷での態度なら,必ず,被告人を実刑にし,しかも,できるだけ長く刑務所に入れて反省させて欲しいと思います。」などと述べるなど,現在でもなお峻烈な処罰感情を有している状況にある。
6 以上に照らせば,被告人の刑事責任は相当に重いというべきである。
7 他方,被告人は,当公判廷において全ての公訴事実を認め,被害者等に対する謝罪の弁を述べるなどしていること,被告人には前科前歴がなく,本件犯行前までは一家の主婦として夫や3人の子供達とともに通常の社会生活を送っていたとみられること,養育すべき3人の子供があること,被告人の実母が証人に立ち,被告人を手元において監督する旨誓約していること,被告人の夫が被告人の更生のためにできる限りのことをしていきたいとの意向を表明していること,逮捕以来約11か月間にわたり身柄拘束を受け続けていることなど,被告人のために有利に斟酌すべき事情も認められる。
  しかしながら,被告人のために酌むべき諸事情を十分に考慮に入れても,前記のとおりの犯行態様の悪質性,結果の重大性,犯行後の情状に加えて,被害女性やその家族,被害会社の被害感情が今なお厳しい状況にあることなどの事情に照らすと,本件が,被告人に対しその刑の執行を猶予すべき事案とは認め難く,被告人に対し,主文の実刑をもって臨むことはやむを得ないと判断した。
8 よって,主文のとおり判決する。
(検察官壬生隆明出席)
(求刑−懲役3年)

平成13年12月19日

     福岡地方裁判所第1刑事部
 

裁判長裁判官    谷       敏   行

裁判官    向   野       剛

裁判官 古   庄       研
 

 

 注 意

本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

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