ドコモ迷惑メール事件仮処分決定

 

事件名 ドコモ迷惑メール事件仮処分決定
判決名 横浜地決平成13(2001)年10月29日
掲載誌 判時1765号18頁
判例評釈 岡村久道「横浜地裁、NTTドコモの申立でメール広告発信差止の仮処分決定を行なう」(NBL2001年11月15日号(No.725)4頁)
備 考  

 

  

決 定

 

主 文

1.債務者は、この決定送達の日から1年間、宛先となる電子メールアドレス(「090」に8桁の数字を付したものに続けて「@docomo.ne.jp」を付したもの)の8桁の数字部分にランダムな数字を当てはめる等の方法により、債権者の所有する電気通信設備を利用して行われているパケット通信サービスを通じて、同サービスの契約者の存在しない多数の電子メールアドレス(「090」に8桁の数字を付したものに続けて「@docomo.ne.jp」を付したもの)宛に、営利目的の電子メールを送信する等して、債権者の所有する電気通信設備の機能の低下もしくは停止をもたらすような行為をしてはならない。
2.申立費用は債務者の負担とする。

理 由

第1 事案の概要
1 債権者の主張
(1) 申立ての趣旨
主文同旨
(2) 申立ての理由の概要
別紙1「申立の理由」記載のとおり
2 債務者の答弁等
   別紙2「答弁書」及び別紙3「準備書面」記載のとおり

第2 当裁判所の判断
1 (前提となるべき事実)
  本件各疎明資料及び審尋の全趣旨を総合すると、次の各事実が一応認められる。

(1)  債権者は「NTTドコモ」の名称で電気通信事業を営む第一種電気通信事業者であり、その所有する電気通信設備を通じて、約1000万人の契約者に対し、「iモード」の名称を付したパケット通信サービス、すなわち、主としてデータ通信の用に供することを目的としてパケット交換方式により符号の伝送交換を行うための電気通信回線設備を使用して行う電気通信サービス(以下「本件パケット通信サービス」という。)を提供する業務を行っている(《証拠略》)。
    債務者は、情報処理及び情報提供の各サービス業、移動体通信機器の販売等を目的として平成10年9月11日に設立された有限会社であるが、平成13年9月4日社員総会の決議により解散し、標記清算人を代表者とする清算法人である。

(2)  債務者は、不特定多数の本件パケット通信サービスの契約者が保有する「@docomo.ne.jp」を付した電子メールアドレス及び同サービス契約者の存在しない「@docomo.ne.jp」を付した多数の電子メールアドレス宛てにて、不特定多数の男女の交際の仲介をするいわゆる「出会い系サイト」と言われているインターネットサイトの紹介を内容とする電子メール(以下「本件電子メール」という。)を、いわば商用ダイレクトメールとして大量に送信することにより、本件パケット通信サービス契約者を、「出会い系サイト」に勧誘するとともに、同契約者をして本件電子メールに引用された同サイトの有料インターネットサイトにアクセスさせることにより収益を図ることを計画した。
    そして、たまたま本件パケット通信サービスの契約者らの多くが、自らの移動体通信機器、すなわち携帯電話の「090」で始まる11桁の数字の電話番号に「@docomo.ne.jp」を付したものを、メールアドレスとして登録し、本件パケット通信サービスを利用していることに着目した債務者は、本件電子メールを発信する際に、宛先となる電子メールアドレス(「090」に8桁の数字を付したものに続けて「@docomo.ne.jp」を付したもの)の8桁の数字部分にランダムな数字を当てはめる等の方法により、遅くとも平成13年5月ころから、不特定多数の同サービス契約者宛ての電子メールアドレス、及び同サービス契約者の存在しない多数の架空の電子メールアドレス宛てに、本件電子メールを大量かつ継続的に送信してきた(《証拠略》)。
(3)  なお、債務者の本件電子メールの送信状況をみるに、債権者において確実に把握しているものだけみても、債務者は、平成13年6月8日午前10時から午前11時までの間に約97万件の本件電子メール(このうち、架空の電子メールアドレス宛の送信件数は17万件以上である。)を、同日午前11時から午後0時までの間に約37万件の本件電子メール(このうち、架空の電子メールアドレス宛の送信件数は16万件以上である。)を、同年6月19日午後10時から午後11時までの間には、約14万件の本件電子メール(このうち、架空の電子メールアドレス宛の送信件数は約8万件以上である。)を大量に送信していたことが判明している(《証拠略》)。
(4)  そして、債務者の上記大量かつ継続的な本件電子メールの送信行為等に起因して、債権者の所有する電気通信設備が通常予定している処理能力を超えた大量の電子メールが送信されたことから、その処理等を余儀なくされた結果、同電気通信設備が機能障害を起こし、その修復までの間、本件パケット通信サービスを使用することが事実上不可能となったり、あるいは同電気通信設備の機能の著しい低下をもたらす事態が度々発生しており、たとえば、債務者が大量の本件電子メールを送信した前記平成13年6月8日午前10時から午後0時までの間においても、少なくとも2回の機能障害が発生したことが確認されている(《証拠略》)。
(5)  そこで、債権者は、債務者に対し、平成13年7月14日到着の内容証明郵便により、債権者の不特定多数のiモードサービスの契約者に宛てて本件電子メールを送信させた結果、債権者の電気通信設備に機能障害が発生していることや同契約者から多数の苦情が殺到していること等を理由として同送信行為を直ちに中止するとともに、その旨の誓約書を提出することを要求する旨の警告書を送付した。しかるに、債務者は、上記警告書を受領後も、従前どおりの態様による本件電子メールを大量かつ継続的に送信し続けてきた(《証拠略》)。

2 (当裁判所の判断)
(1)  近時、いわゆる「出会い系サイト」に関連した犯罪が多発するなど大きな社会問題となっていることや、携帯電話やインターネット上の迷惑メールに対して何らかの規制の必要性が指摘されていることは債権者の主張とするとおりであるけれども、現在の法制度の下においては、商用電子メールの送信行為自体は、正当な営業活動の一環として法的保護の対象となる営業の自由に含まれているとの議論もされているところであり、したがって、保全処分手続の現段階で債務者に対して本件電子メールの送信行為自体を一般的に禁止することは相当でないと考えられる。しかしながら、本件では、債務者の本件電子メールの送信の方法、時期及び回数が前記認定のとおりであり、それが債権者の電気通信設備等に発生した具体的な機能障害等の大きな原因となっており、債務者の上記行為が債権者の電気通信設備に対する所有権を侵害しているものと評価できること、しかるに債務者は、債権者の警告後も依然として従前と同様の方法により本件電子メールの発信を大量かつ継続的に行ってきた等の事情に照らすと、少なくとも、債務者に対し、この決定送達の日から1年間、宛先となる電子メールアドレス(「090」に8桁の数字を付したものに続けて「@docomo.ne.jp」を付したもの)の8桁の数字部分にランダムな数字を当てはめる等の方法により、債権者の所有する電気通信設備を利用して行われているパケット通信サービスを通じて同サービスの契約者の存在しない多数の電子メールアドレス(「090」に8桁の数字を付したものに続けて「@docomo.ne.jp」を付したもの)宛に、営利目的の電子メールを送信する等して、債権者の所有する電気通信設備の機能の低下もしくは停止をもたらすような行為の禁止を命じたとしても、かかる行為が、本来、債務者に許された正当な営業活動として法的保護の対象とされているとはいえないから、債務者の上記行為の禁止を求める債権者の本件仮処分命令の申立ては、被保全権利及び保全の必要性がいずれも疎明されているというべきである。
(2) これに対し、債務者は、債務者が本件パケット通信サービスの不特定多数の契約者に対して大量かつ継続的に本件電子メールを送信したことは認めつつも、概要、以下のとおり主張して本件では、債権者の主張する被保全権利は存在しない旨争っている。すなわち、債権者は、本件パケット通信サービスについて、送受信にかかる費用を受信者の負担とし、原則として契約者の携帯電話番号を電子メールアドレスといした上で、本件パケット通信サービスをダイレクトメールより安価かつ簡便な広報媒体として利用できることをセールスポイントとするよう意図した方式を採用し、その結果、多数の業者が、広報媒体として電子メールを利用するようになり、また、電子メールを利用する際には、多数の電子メールを同時に発信することが対費用効果が高いことから、その利用量及び利用業種が拡大してきたものであって、債権者は、本件パケット通信サービスの上記方式を採用した結果、大量の電子メール送信が行われることは当初から予想していたはずであり、現に、大量の電子メールが送信されることによって、債権者は巨額の利益を享受し、何ら損害を被っていないのであるから、債務者の本件電子メールの大量送信をもって違法ということはできないと主張する。
    しかしながら、債務者は、前記認定のとおり、不特定多数の同サービス契約者が保有する「@docomo.ne.jp」を付した電子メールアドレス及び同サービス契約者の存在しない「@docomo.ne.jp」を付した多数の架空の電子メールアドレス宛てに、前記認定の方法により、本件電子メールを大量かつ継続的に送信することにより、債権者の電気通信設備の処理能力を超える大量の電子メールの処理をさせ、同電気通信設備の機能障害を惹起し、その修復までの期間、同設備の使用を不能の状態にしたものであり、機能障害に至らない場合であっても、同電気通信設備が予定された処理能力を超える大量の電子メールの処理を余儀なくされたことから、同電気通信設備の機能の低下を惹起したというのであるから、既に認定判断したとおり債権者の同電気通信設備に対する所有権を侵害したものとみなすことができ、そうすると、更に債務者の主張するその余の事情を十分考慮に入れても、本件仮処分につき被保全権利が存在しない旨の債務者の前記主張は採用できない。

(3)  また、債務者は、保全の必要性について、@ 債権者からの本件電子メール送信要求を内容とする警告書が到達した平成13年7月14日以降は、本件電子メールの送信業務を廃止し、今後も送信する予定もなく、また、本件電子メールの送信システム等も第三者に譲渡していること、A 債務者は、同年9月4日解散していること等を理由に、いずれにしても保全の必要性が存在しないと主張する。
      しかしながら、本件疎明資料及び審尋の結果によれば、債務者は、前期警告書が送達された平成13年7月14日以前から、「mikipon-039@docomo.ne.jp」を発信者表示とし、債務者の使用するドメイン名を付したサイトの紹介をその内容とする本件電子メールを不特定多数のiモード契約者に対して大量かつ継続的に送信していたところ(《証拠略》)、上記期日以降も不特定多数のiモード契約者に宛てて発信者表示・内容ともにそれ以前のメールとほぼ同様の電子メールが送信されていること(《証拠略》)が一応認められ、これらの事実に、債務者が送信システム等を譲渡したと主張しながら譲受人・譲渡の日時及びこれに伴うドメイン名の名義変更等については、明確な主張・疎明をしないこと等の事情を総合して判断すると、債務者の上記主張事実@を認めることはできない。また、債務者が平成13年9月4日に解散したことは、先に認定したとおりであるけれども、疎明資料(《証拠略》)によれば、同日以降も、以前と同様の発信者表示・内容による多数の電子メールが引き続き送信されていることが一応認められるほか、上記認定の各事実及び諸事情等を合わせ考慮すれば、債務者の解散をもって直ちに本件仮処分の必要性が失われたとみるのは相当でなく、いまだに債務者に対して本件仮処分を発令する必要性は存続しているものというべきである。

第3 結論
 以上によれば、債権者の本件仮処分命令申立ては理由があるから、債権者に債務者のため金70万円の担保を立てさせて、主文のとおり決定する。

平成13年10月29日
     横浜地方裁判所第9民事部

         裁判長裁判官  板垣 千里
            裁判官  吉村 真幸
            裁判官  長久保 加奈子

 

 

 注 意

本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

hba010.gif (6490 バイト)