クロロホルムネット販売事件判決要旨

 

事件名 クロロホルムネット販売事件判決
判決名 東京地判平成11(1999)年4月22日
掲載誌  
判例評釈 臺宏士「有害サイトの影響」岡村久道編著「インターネット訴訟2000」(ソフトバンクパブリッシング、2000)343頁、毎日新聞DIGITALトゥデイ「元京大院生に実刑判決 東京地裁 薬剤のネット販売で」
備 考 毎日新聞DIGITALトゥデイ「クロロホルムネット販売事件判決要旨」

 

 

  

主     文


被告人を懲役1年6月及び罰金20万円に処する。

未決勾留日数中60日を右懲役刑に算入する。

右罰金を完納することができないときは、金5000円を1日に換算した期間被告人を労役場に留置する。

被告人から金25万円を追徴する。本件上告を棄却する。

 


理     由


(罪となるべき事実の要旨)省略


(量刑の事情)

 本件は、自己の通学している大学院の研究室にある薬品類を事実上自由に持ち出しうる地位にあった被告人が、インターネットを利用して客を募るなどし、いずれも麻酔等の作用を有する劇物であるクロロホルムや向精神薬であるペントバルビタールを販売したという事案であるが、以下に述べるようにその犯情は甚だ悪質である。

 被告人は、インターネットにアクセスするうち、右のような薬物が高額で取引されていることを知ったが、当時、亡父からの遺産で何ら生活に不自由がなかったにもかかわらず、いわゆる不倫関係をもっていた愛人との交際費用が欲しかったことから、その捻出のために、自らも薬物を違法取引して利得を得ようと考えて薬物販売に手を染めるようになり、より多くの利得を得るため本件各犯行に及んだものであって、自己中心的かつ身勝手な犯行の動機に酌量の余地は全くない。

 被告人は、販売する薬物の多くを、研究者として信頼されている立場を悪用して研究室から持ち出すことにより入手し、販売にあたっても、自らの名を知られないよう、匿名性のあるインターネットの通信機能やあらかじめ手に入れていた架空名義の銀行口座を利用するなどしているのであって、検挙の危険を最小ににしつつ濡れ手に粟の利益を得ようとした周到かつ巧妙な犯行態様は甚だ悪質である。

 また、被告人の薬物取引は1年数カ月余りと長期間に及ぶ上、特に後半にはホームページを開設してより多数の客を得ようとし、現実に、不特定多数の客に薬物を譲り渡して多額の利得を得ていたものであって、本件各犯行についてはその常習性も顕著である。

 本件で被告人が販売していた各薬物は、いずれも麻酔等の作用を有することから、自ら使用する場合でもその者の身体を害する恐れがあり、かつ、それにとどまらず、場合によっては他者に使用することによって性犯罪、昏睡強盗等重大な犯罪に悪用されかねない恐れもある危険な薬物である。

 被告人の本件各犯行の結果、そのような危険な薬物を多数の者が手にしたのであり、その結果自体重大であるが、それにとどまらず、購入者の中には実際に強姦未遂の犯行を引き起こし、あるいはさらに他者に小分け譲渡していた者もいるのであって、関係各証拠から、そのような悪用の危険を十分認識しつつ本件各犯行を行っていたと認められる被告人の責任は非常に重大である。

 そして、近時、そのような薬物を利用した性犯罪や昏睡強盗等の凶悪な事件が社会問題化している中で行われた本件は、報道機関によっても取り上げられ、国民一般に大きな不安感をもたらし、社会的にも反響を呼んでおり、加えて、本件の犯行手口が非常に模倣性が強く、他のより悪性の強い禁制品の違法取引にも応用可能であることや、本件のごとき犯行が実際に重大な結果が発生しない限り発覚しづらく、発覚しても、通信記録を消去するなどされてしまえば検挙も困難であることなどを併せ考えれば、被告人に対しては一般予防の観点からも厳正な処罰の必要性が強く認められる。

 そうすると、被告人が本件により退学を余儀なくされ、就職口も失うなど社会的制裁を受けていること、正式裁判が初めてであること、前途ある年齢であること、検挙後は一貫して捜査に協力し、全容を自白するなど反省の姿勢を示していること、妻が被告人の社会復帰を待っていることなど被告人のためにしん酌すべき諸情状を最大限考慮しても、それが被告人の刑の執行を猶予するほどの事情となるものとは認められない。

 そこで、それらの諸情状は刑の量定において最大限考慮し、加えて、被告人が多額の利益を得ていたことも考慮して罰金刑を併科することとして、被告人に対しては主文の懲役及び罰金刑の量定をするのを相当と思料した。

 

 注 意

本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

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