ブルーボックス事件判決

 

事件名 ブルーボックス事件
東京地裁 平成6年(刑わ)第1870号 電子計算機使用詐欺被告事件
判決名 東京地判平成7(1995)年2月13日
掲載誌 判時1529号158頁
評 釈 神山敏雄・ジュリ臨増1091号139頁
備 考  

 

  

判     決


主     文


 被告人を懲役一年六月に処する。
 この裁判確定の日から三年間右刑の執行を猶予する。

 

理     由


  【犯罪事実】

 被告人は、自己の利用する電話回線から、国際電信電話株式会社(以下「KDD」という。)の電話交換システムに対し、料金着信払等の通話サービス(以下、「IODCサービス」という。)を使用する旨の番号を送出し、KDDの電話交換システムをして、IODCサービスを提供しているスペイン又はグァム(以下「IODC対地国」という。)の電話交換システムに自己が使用する電話回線を接続させた上、「ブルーボックス」と称するコンピュータソフトを使用して作出した不正信号を同回線を通じてIODC対地国の電話交換に送り出し、右電話交換システムをして、IODCサービスの申込みを取り消させた上、IODC対地国を中継国としてドイツ連邦共和国等(以下、「着信国」という。)の着信人との間に電話回線を接続させる方法で国際通話を行った場合には、KDDの電話料金課金システムにおいては右国際通話がIODCサービス利用による通話であると誤認するなど、KDD、IODC対地国及び着信国のいずれの電気通信事業者の電話料金課金システムでも自らが課金を行うべき通話と認識しないことを奇貨として、その通話料金の支払を免れようと企て、別紙一覧表記載のとおり、平成五年一一月二九日から平成六年三月四日までの間、前後四四回にわたり、東京都大田区《以下住所省略》所在の自己の使用する電話回線(東京《番号略》、以下「本件電話回線」という。)から、東京都新宿区《以下住所省略》所在の国際電話回線の接続・切断等の回線制御及び通話料金請求のための課金ファイル作成に必要な通話情報の記憶及び伝送等の事務を電子計算機によって処理しているKDDの電話交換システムに対し、真実はIODCサービスを利用する意思がないのに、IODCサービスを使用する旨の番号を送出して、不正の指令を与え、KDDの電話交換システムをして、IODCサービス利用の申込みがなされたものと認識させて、本件電話回線とIODC対地国の電話交換システムとを接続させ、更に、本件電話回線から、「ブルーボックス」と称するコンピュータソフトを使用して作出した、KDDの電話交換システムからIODC対地国の電話交換システムに送信される回線制御を司る業務用信号に模した不正信号を、IODC対地国の電話交換システムに送り出すことによって、右電話交換システムにIODCサービスの申込みを取り消させた上、着信国の着信人との間に電話回線を接続させるとともに、IODC対地国の電話交換システムからKDDの電話交換システムに対して送信されるIODCサービスの申込みが取り消されたことを確認する旨の信号の送信を妨害して、KDDの電話交換システムがIODCサービスの申込みが取り消されたことを確認できない状態に置き、KDDの電話交換システムをして、IODCサービス利用による回線使用が継続しているものと誤認させて、別紙一覧表記載のとおり、IODC対地国を中継国として着信国の着信人との間で国際通話を行い、そのころ、KDDの電話交換システムをして栃木県小山市《以下住所省略》所在の小山国際通信センター内に設置されたKDDが通話料金課金のためのファイル作成等の事務を電子計算機を使用して処理しているKDDの電話料金課金システムに対して、右国際通話がIODCサービス利用の通話である旨の虚偽の通話情報を伝送させ、これに基づき右電話料金課金システムにその旨の不実のファイルを作出させて右国際通話の通話料金相当額の支払を免れ、もって、人の事務処理に使用する電子計算機に不正の指令を与えて財産権の得喪、変更に係る不実の電磁的記録を作り、右国際通話に相当する合計三七万三八〇六円の財産上不法の利益を得た。

 【証拠】《省略》

 【法令の適用】

 一 罰条 いずれも刑法二四六条の二
 二 併合罪の加重 刑法四五条前段、四七条本文、一〇条(犯情の最も重い別紙一覧表36記載の罪の刑に加重)
 三 刑の執行猶予 刑法二五条一項
 四 訴訟費用の処理 刑事訴訟法一八一条一項ただし書

 【争点に対する判断】

 一 弁護人は、本件において被告人が行った通話は、KDDが通話料金の課金を行うべき通話に該当しないから、KDDの電話料金課金システムに、本件通話をIODCサービスを利用した非課金の通話とする旨のファイルを作出させたとしても、それは不実のファイルを作出させたことにはならず、そのことによって被告人が不法の利益を得たとはいえないと主張するので、以下、検討する。
 国際電話サービスが利用された際に、関係各国のうち、どの電気通信事業者が課金データを作成し、電話料金を利用者に請求するかは、国際電気通信条約等に基づき設立された国際電気通信連合及びその下部組織である電気通信標準セクターが定めた指示書等の国際ルールに基づいて決せられる。右国際ルールによれば、国際通話は、自動通話と非自動通話に区別され、自動通話は、発信国の電気通信事業者が課金データを作成して発信人から電話料金の請求を行い、非自動通話は、交換手が通話時間の計測の開始等、課金データの作成に必要な処理、操作にあたることから、交換手の属する電気通信事業者が原則として課金データを作成するものとされている。自動通話と非自動通話との区別は、課金データ作成に必要な処理を誰が行うか、つまり、電話回線を着信人の電話設備に接続させるに際して交換手の介入があるか否かによって区別されていると解することができる。
 また、電話の着信人が、あらかじめ電話料金を支払うかどうかを確認されないままに電話料金の支払いを請求されるというのは不合理であり、これを回避するには、あらかじめ着信人等発信人以外の者に電話料金の支払意思を確認できる場合を除いては、発信人がその電話料金を支払うのが相当と考えられる。さらに、発信人に通話料金を請求するのは、効率の面から考えれば、発信国の電気通信事業者が行うのが相当である。現実に、国際通話における自動通話について、発信国の電気通信事業者において、課金データを作成しかつ電気料金を請求するという取り扱いがなされているのは、このような理由にもよると考えられる。
 そこで、被告人の本件通話を見るに、被告人は、当初は、交換手を介する通話であるIODCサービスを利用する旨の信号を送信しているものの、結局、交換手の何の関与もなしに、本件電話回線を着信人に接続させており、交換手に、支払い方法の確認や通話時間の計測等の課金に関する処理を行う機会を与えていない。また、被告人の当初のIODCサービスを利用する旨の信号は、右サービスを利用するためでなく、単に、本件電話回線をIODC対地国の電話交換システムに接続させることのみを目的とするものである。これらのことからすれば、本件通話は、全体としてみてIODCサービスを利用した通話と見ることは到底できず、本来KDDが通話料金を課金すべき自動通話であったと解することが相当である。
 したがって、弁護人の主張は採用できない。

 二 また、弁護人は、本件電話回線の加入契約者は、被告人の妻であるEであるから、通話料金の請求を免れたのは、Eであり、被告人自身が財産上不法の利益を得たとはいえないと主張する。
 しかし、被告人は、実際に、国際電話サービスを利用することによって、通話料に相当する利益を得ている者であり、通話料金相当額を最終的に負担すべき立場にあるといえる。ところが、被告人は、本件の不正通話によってKDDの電話料金課金システムに不実のファイルを作出させることで、事実上、何人からも、通話料金相当額の支払いを請求されないようにしたのであるから、本件においては、被告人自身が、財産上不法の利益を得たということができる。
 よって、この点についての弁護人の主張も、採用できない。

 三 更に、弁護人は、本件通話は、全てKDDによってモニターされており、KDDが、被告人の不正行為に気付きながら、あえて通話料金の請求をしなかったがために、被告人は通話料金の支払いを免れたのであるから、被告人の本件行為と被告人が得たとされる不法の利益の間には、因果関係がないと主張する。
 しかし、通話料金は、そのシステム上、電話料金課金システムのファイル上に記録された情報に基づいて機械的に大量一括処理により請求がされるものであり、不正通話の実態を解析する等の理由から、不正通話がモニターされていたとしても、このような通話料金請求のシステムに、影響を与えるものではない。かかる性質を有するシステム上に、不実の電磁的記録を作出させている以上、その不法の利得と被告人の行為の間の因果関係に欠けるところはない。
 結局、この点についても、弁護人の主張は採用できない。

 四 弁護人は、本件における不法の利益額は、発信国である日本と着信国との間の通話料金を基礎に算出されるべきであると主張し、このことは、国際電気通信事業に関する国際ルールが、いかなる国の電話回線を経由しても、常に発信国と着信国の間の通話料金が請求されるべきと規定されている事に基づくと述べる。
 しかし、弁護人が、引用する国際ルールは、空き回線を使用する等、電気通信事業者側の事情により、国際電話回線が接続された場合に、それがために利用者が不利益を被ることがないように定められたものと考えられる。ところが、本件通話において、スペイン又はグァムを中継国として回線が接続されているのは、本件不正通話の手口は、IODCサービス利用のための電話回線の制限が、通話回線と同一の回線上での業務用信号の送受信という方法で行われている国際電話回線を利用することを不可欠とするため、右の特徴を有する回線が敷設されているスペイン又はグァムが、中継国として選択された結果なのである。本件通話におけるIODC対地国との回線の接続は、右国際ルールが本来予定する場面ではないといえる。
 被告人が、日本からIODC対地国までの電話回線を利用することを自ら望み、実際にその回線を利用することで利益を得ていることからすれば、被告人が、少なくとも、IODC対地国と日本との間の自動通話によるKDDの国際電話料金に相当する額の利益を得ていることは明白である。
 よって、弁護人の主張は採るを得ない。

【量刑の事情】

 本件は、被告人が、「ブルーボックス」と呼ばれるコンピュータソフトを、パソコン通信仲間と共同で開発し、これを用いて、電話料金の請求を受けることなく国際通話を行い、電話料金相当額の支払を免れたという電子計算機使用詐欺の事案である。
 被告人は、国際電気通信システムの技術的盲点を巧みに突いたコンピュータソフトを開発し、それを使用して、電話料金の請求を受けることなく国際通話を行うことで、コンピュータや国際電気通信システムに関する自己の知識と技術を試し、その知的興味を満足させるのが本件犯行の主な動機であったというが、国際通話の利用者が当然に守るべきルールを無視し、国際電気通信システムの秩序をいたずらに混乱させることによって、自己の知的興味を満たすというようなことが許されるべきでないのはいうまでもない上、多数回にわたって不正通話を繰り返した本件犯行自体には、利欲的動機がなかったとはいえず、その動機に酌むべき余地は少ない。
 本件犯行が、巧妙であることはいうまでもない上、被告人は、三か月余りの間に、前後四四回にわたって、不正通話を繰り返し、合計三七万三八〇六円の財産上不法の利益を得たものであり、その結果も重く悪質である。
 また、分離前相被告人のA及び同Bは、「ブルーボックス」を、被告人を介して、「ブルーボックス」の共同開発者であるCことDから譲り受けていることからも窺われるように、本件犯行は、コンピュータソフトが一人歩きすることなどによって模倣される可能性も高く、本件犯行が、国際電気通信システム秩序に与えた混乱や、社会的影響には看過しえないものがある。以上によれば、被告人の刑事責任は重いといわざるをえない。
 しかしながら、被告人には、前科、前歴がなく、これまで、日本においてコンピュータ販売等の仕事をまじめに行い、周囲の者からも社会的信用を得ていたこと、本件犯行によって得た不法利益である三七万三八〇六円をKDDに対し弁済供託していること、本件犯行が新聞等で報道されたことによりそれなりの社会的制裁を受けていること、被告人自身反省の態度を示していることなど、被告人によって、酌むべき事情も多い。
 そこでこれらの諸事情を総合的に考慮して、主文の刑に処した上、その刑の執行を猶予することとした。


 (出席した検察官 八田健一、弁護人 服部成太、森 宋一)
 (求刑 懲役一年六月)

裁判長裁判官 矢村 宏

裁判官 後藤真理子

裁判官 山下美和子

 

 注 意

本判決文は、研究の便宜を目的として掲載しているものにすぎず、如何なる意味でも内容の正確性や真性を保証するものではありません。誤字・脱字等、不正確な部分が含まれている可能性がありますので、引用等の際は、必ず原本を参照して下さい。(岡村久道)

 

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